刑事・司法でオウムの全容解明が期待できないのはなぜか(早稲田大学客員教授 春名幹男)

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警視庁

※この記事は国際情報サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://www.fsight.jp[リンク]

オウム真理教の高橋克也容疑者(54)が逮捕された。

 「これで事件の全容解明を」という声が高まっているが、このままの態勢では全容解明はほど遠いと言わざるを得ない。昨年末から、警視庁に出頭した平田信容疑者(47)、今月3日相模原市内で発見された菊地直子容疑者(40)、と残っていた特別手配の3人が逮捕され、未解明部分を埋める捜査が行なわれるだろう。この部屋で紹介したNHKの「未解決事件ファイル2-オウム真理教」(5月26、27日の2夜連続で放映)の効果がある程度あったかもしれない。

 しかし、警察が立件し、検察が起訴して公判で有罪判決を得れば、法執行機関(law enforcement)の仕事は終わる。米上院政府活動委員会調査小委で行なったような徹底的調査を日本の国会がやらなかった以上、全容を解明する政府機関は日本にはない。情報機関によるインテリジェンスの収集・分析を徹底的に行なわなかったことが問題なのだ。

 サリン製造のノウハウも、一部で指摘された北朝鮮との関係も、闇に葬られてしまう恐れがある。例えば、地下鉄に残されたサリンのサンプルを分析して、武器として保有してきた諸国のサリンと比較・分析することはこれからでもやれるのではないか。本当にオーストラリアではウラン鉱を調達し、核兵器保有を目指したのか。明の朱元璋をまねて「居抜き」で皇帝に就くことを目標にしたのか、などなど、解明されていないことは多い。

 「インテリジェンス」で事件を徹底分析することが今求められている。

 それにしても、高橋容疑者逮捕時のビデオを見て、彼らは偽装の名人ではないかと改めて思った。1995年の手配写真はもちろん、6月4日の防犯カメラの写真と比べても、相当違っていた。あのブルーの線が入ったバッグが一つの手がかりになるかとも思っていたが、彼はそのバッグを持ち歩かず、コインロッカーにしまい込んでいた。漫画喫茶従業員のように機転が利く人がいなければ、まだ逃げおおせた可能性がある。

 もう一つの問題は、「なりすまし」「ID盗難」という手口である。事実、彼はオウムの諜報省でなりすましをさんざん実行していた。

 北朝鮮による拉致事件では、北朝鮮工作員、辛光洙容疑者は「背乗(はいの)り」という手法で日本人になりすまし、韓国で秘密工作を展開しようとして捕まった。長年日本に潜り込んでいたロシア人スパイが、アジア系の顔立ちを生かして、身寄りがない人になりすましていた事件もあった。

 戸籍と住民票登録が厳格に行われているはずの日本で、管理がルーズになっている問題もある。現在ニューヨーク在住の韓国人元ジャーナリストによれば、1960年代の日本では区役所の窓口で細かいことをさんざん聞かれ、日本に住むこと自体が非常に難しかったという。

 しかし近年、非常に奇妙な事件が表面化した。年金を受給するため死亡届を出さず、100歳を過ぎても戸籍上は生きていることになっていた幽霊市民が多数発見されたことである。戸籍・住民票の管理運営上の問題を徹底的に洗い直す必要がある。

 菊地容疑者は区役所の窓口で盗み見してなりすましていた「櫻井千鶴子」名義でホームヘルパー2級を取得していた。昨14日、黒岩祐治神奈川県知事は辻泰弘・厚生労働副大臣に会い、「国が本人確認を徹底するよう」求めたが、国家資格ではないことを理由に拒否された。今後、国と地方自治体が徹底協議して、制度を補強すべきだ。

 米国ではID盗難が多発、大手企業内の争いで本人になりすまして情報を盗んでいた事件も起きている。日本でも、なりすましやID盗難の対策を強化する必要がある。

 1980年代末から90年代初め、日米構造協議で米国は「規制緩和」を強く要求したが、こんなところにまで規制を緩める必要は全くない。

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春名幹男 Haruna Mikio
早稲田大学客員教授

1946年京都市生れ。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。現在、早稲田大学客員教授、名古屋大学客員教授。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『スパイはなんでも知っている』(新潮社)などがある。

※この記事は国際情報サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://www.fsight.jp[リンク]

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