ブログメディアに言いたい~報道の自由というお題目が立てば何をやってもいいのか

新 清士

ゲーム業界の中で、あきれかえるしかないが、深刻な事態が起きている。この10年以上の歴史のなかで多くの人によって苦労して積み上げてきた、社会的な信頼を著しく毀損する問題が発生している。それを引き起こしているのは、Gigazine(彼らのPVに貢献したいとは考えないためリンク張らない)というブログメディアで、ページビューを引き上げるためなら、何をやっても構わないという姿勢で報道(らしきもの)を行っているメディアだ。すでにその取材方法については「取材規定」に違反しているため、修正若しくは削除が求められているにもかかわらず、無視を決め込んでいる。

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ゲーム産業への貢献という理念によって支えられてきたCEDEC

8月20~22日間、CEDEC(CESA Developers Conference)という業界団体のCESAが開催しているゲーム開発者向けの年に一度の専門カンファレンスが、横浜で開催された。参加者は2500人を超える、多様な議論が行われる世界的に見ても大きなカンファレンスだ。各ゲーム会社にとって自社のゲーム開発ノウハウをオープンの場所で話すということは、どのようなメリットがあるのかは、製品のプロモーション以外の目的で考えるならば、はっきりいうと曖昧だ。


しかし、産業クラスターが継続的に成長し続け、世界的な競争力を維持するためには、高等教育機関による学生への教育と同時に、社会人になっても持続的に学習できるオープンな場所が、必須と言ってもよい。多くの講演内容は、会社のノウハウの根幹に近いところにまで話されることも多い。「自らの体験を共有することで業界全体への発展に寄与する」という目的のために、多くの協力者を得ることによって発展してきている。他の産業にはないと驚かれることも少なくない。ただ、現場の講演者は「産業への貢献」という極めて、微妙なバランスによって、会社を説得し、引き受けていることが少なくない。そこには「善意」により運営されている前提がある。

また、多くのゲームメディアにとって、CEDECを取材し記事にすることは負担の掛かる作業だ。専門的な内容も多く、一般的なゲームの読者にとっては、その内容が理解できないようなことも少なくない。そのため、取材する記者そのものの専門知識も問われる。ところが、記事の内容を深く解説した記事であっても、一般的なゲーム好きの読者の関心を得るには話が難しすぎることが少なくなく、ページビューを稼ぐことに貢献しないことが多い。

Gigazineが昨年開始した全文文字起こしは今年は禁止された

ところが、そうした専門知識を必要とすることなく、安易にページビューを稼ぐ方法が昨年生みだされた。ブログメディアのGigazineというメディアが始めた音声録音した内容を「全文起こし」をして、そのまま掲載するという方法だ。それなら、記者の専門知識は問われることなく、機械的に情報を掲載していればいいので、極めて安易な取材方法だ。また、講演者が話している内容の著作権等はまったく無視した方法だ。それが今年もいくつもの講演について行われているのだ。

実際に、横浜で開催されるということもあり、首都圏以外の地域に在住の開発者の参加はハードルが高く、講演内容の動画等の公開や、全文起こしといったことが行われることによる利便性は、地方では歓迎される部分がないとはいえない。

しかし、今回のケースは違う。昨年も同じようにGigazineによって、全文起こしが行われ、問題が起きていた。本当に講演者が話したことと一致しているのかは、確認をすることは読者には不可能に近い。また、講演のなかでは冗談として話されるものが、文字起こしをされることで、口語である場合とニュアンスが変わり、それが一人歩きをすることも少なくない。

そことから、今年取材するメディアに対しては、取材規定「受講者、講演者、主催者の権利保護の観点から、基調講演、特別招待セッションほか、すべてのセッション、イベントについて全講演コメントの再録記事掲載は不可といたしますと明確に禁止をしている。そのため、Gigazineが行っている全文文字起こしは、違反行為だ。実際にページビューは記事の中で、数千RTを稼ぎ出しているものもあり(リンクは張らない)、相当のベージビューを稼ぎ出しているはずだ。

「確信的な悪意」を感じさせるGigazineの対応

すでに、運営を行っているCEDEC事務局では、違反行為として24日「一部メディアにおけるCEDEC取材規程違反の報道記事」を発表したが、すでに8月23日求めているが、8月25日午前4時現在、完全に無視されている。こうしたクレームには慣れているのだろう。そこには完全なる「確信犯的な悪意」が感じられる。

CEDECとゲームメディアとは、長年の間に作られた暗黙の了解がある。CEDECを通じて「ゲーム業界の発展に貢献できるよう」に、CEDECそのものの信頼性を毀損するようなことは行わないというものだ。紳士協定と言われれば、それまでだ。ただ、この10年以上の歴史のなかで、ここまで、自らのページビューを稼ぐことを最大の目標とし、広告やアフリエイト収入を得ることだけを最適化しているメディアは参加してこなかった。しかし、GigazineはCEDECの積みあげてきた信頼を利用した「フリーライダー」だ。フリーライダーは「ただ乗りは個人的には合理的だが、社会にとっては脅威である」というものだ。多くの関係者が増大すればするほど、起きやすい。

フリーライダーの考え方では、媒体が増加して来るに従って、有名人が行う講演ばかりを全文起こしをして、書き逃げをして、自らの利益を最大化した方が戦略的に正しいということになる。しかし、それによって、CEDECの信頼へと受けるダメージは計り知れない。会社を説得し、難しい環境の中で、情報を共有しようしてきた講演者は少なくない。お互いに情報を共有しようという文化は後退し、このような形で報道される事をまったく意図しなかった講演者たちのCEDECへの信頼は永遠に失われる。

クレームにもかかわらず黙りを決め込んだGigazineの対応

来年以降も、このようなことは許されるならば、講演のなかで、メディア取材を断るセッションは確実に増加し、結果的に、CEDECが長い時間を掛けて積み上げてきた、業界の企業間を超えて情報を交換するための環境は崩れてしまうだろう。

私自身は、CEDECではメディアとして取材すると同時に、講演者の役割を引き受けることがある。ただ、一番嫌だったのが、このような全文起こしを行われることだった。情報を生みだすには、私の場合、海外取材など、莫大なコストが掛かっているが、それにまさに「フリーライド」されることで、一気にそのコストにただ乗りされてしまう。このような状態では、CEDECでの講演を無償で行う動機が私にはない。

もちろん、CEDEC事務局が、潜在的にこうした全文起こしを、多くのユーザーに期待されていることに対して答えることは、将来的には必要なことだろう。時代が変われば、情報の共有の方法も変わる。全文の文字起こしをすることを、講演者とコンセンサスを行った上で行う時代もやがて来るだろう。すでに、一部の講演については、ニコニコ生放送で放送するなど、実験を行っている。

しかし、今回については、単純に「取材規定」違反であり、機械的に削除要請を行うことが正しい。しかし、Gigazine側は、黙りを決め込んでいるようだ。このようなことを許せば他社も追従するようにエスカレートしていくだろう。来年以降、より状況は悪化し、各講演者はメディアに対して公開されるセッションは制限する方向に向かわざる得ない。ゲーム産業全体への信頼や被害はどの程度のものになるのか想像も付かない。

PVを上げアフリエイト収入のためなら何をやっても許されるのか

こうしたフリーライダーが出てくることは、CEDECの歴史のなかでは想定されていなかった。相手が無視を決め込んだ場合、現状対応する方法はない。迅速な削除に応じないのであれば、裁判にまで持ち込むことも必要だろう。ただ、Gigazineは、費用対効果を考えると、そこまではしないだろうという、同様なクレームへの慣れによるしたたかな悪意を感じる。

ページビューを稼げ、広告とアフリエイト収入を得られるならば、何をやってもいいとする、ここ数年のブログメディアのあり方は、社会の積み上げた信頼を破壊することを平気で行い、フリーライダーに繰り返しチャンスを生みだしている。そのあり方が、社会を良い方向に導くとは、まったく思えない。Gigazineは、即刻、当該記事の削除を行い、取材規定に違反していたことに謝罪をするべきである。そして、掲載期間中に獲得した広告・アフリエイト収入を、CEDECに支払うべきである(それで失われた信頼はとても戻らないが)。また、CEDEC事務局には毅然とした態度でこの問題に対応してもらいたい。

新清士 ジャーナリスト(ゲーム・IT) @kiyoshi_shin
めるまがアゴラにて「ゲーム産業の興亡」を連載中