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【政策会議日記15】日本財政の将来は?(下)(財政制度等審議会)

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

財政制度等審議会財政制度分科会で4月28日に公表したわが国の財政の長期推計について、本コラムの前回の拙稿「【政策会議日記14】日本財政の将来は?(上)(財政制度等審議会)」で、その含意を紹介しました。私も一委員として加わった起草検討委員から、同審議会平成26年4月28日資料7-1資料7-2として報告した「我が国の財政に関する長期推計」(以下、長期推計)です。

この長期推計は、日本財政の将来をずばり的中させるべく予想しようとしたものではありません。あくまでも1つの仮定から推論できる将来の可能性について示唆を与え、今後の財政運営のあり方について国民が議論をする上で踏まえて頂きたい量的な規模感を客観的に提供することが1つの重要な役割です。ですから、異なる仮定とその根拠を示してこの長期推計と異なる試算を出して、1つの財政運営に関する主張を建設的に展開して頂くのも、私としては歓迎です。ただ、誤解や偏見に基づいてこの長期推計の結果を、門前払い的に排斥することのないようにして頂きたいと思っております。

以下、お読み頂く際には、拙稿「【政策会議日記14】日本財政の将来は?(上)(財政制度等審議会)」の内容を踏まえて頂きたく存じます。

財政の長期推計の誤解なき使用法

今般の長期推計は、公表直後からマスコミで報道されました(取り上げて頂きありがとうございます)。また、ネット上でも様々な反応がありました。

同審議会の会合の場では、前掲資料とともに口頭での説明と質疑応答が行われ、委員の方々から活発にご意見を賜りました。ただ、公表資料として、詳細な文章による説明はなされていないこともあり、長期推計がより重視しているポイントと異なるところがクローズアップされたりした面もあったように思います。ごく近いうちに、準備ができ次第、正式な文章にて長期推計の含意を提示する予定です。

そこで、以下では、今般の長期推計を活用して頂く上で、是非ともこれだけは外して頂きたくないポイントを紹介します。これは、あくまでも長期推計の前提や仕組みを忠実に踏まえた点を紹介するのであって、今後の議論を誘導することを決して意図していません。英語で言えば、製品メーカーのfoolproof対策(設備や商品などで、利用者が誤った操作をしても危険に晒されないように施す安全対策)のようなものです。

推計方法について

長期推計をするなら、経済理論に基づいたより精緻な分析を行った方がよかったではないか、との見方もあります。これは、今般の長期推計が、名目経済成長率や名目金利などを外生的に固定した形で推計したことなどを指しています。例えば、今般の長期推計では、2024~2060年度まで名目経済成長率を3%、名目金利を3.7%で一定と仮定した推計を示しています。しかし、実体経済は、財政政策を受けて名目経済成長率や名目金利が変動しますから、そうしたフィードバックを織り込んで長期推計をすればよい、という見方です。その点では、確かにその通りです。

しかし、経済理論に基づき経済財政のフィードバックを織り込んだ長期推計を行うと、どの仮定が効いて、なぜそのような値が出たかを容易に追跡できない点が難点です。追跡できないと、今般の長期推計は我田引水的な仮定やモデルの設定が増税を誘導する結果を導いた、とあらぬ誤解を招く懸念もあります。繰り返しますが、今般の長期推計は増税キャンペーンのためのものではありません。

むしろ、再検証可能な形で推計するなら、EU(欧州連合)の政策執行機関である欧州委員会が、"Fiscal Sustainability Report 2012"に倣ったこの方法が向いています。

名目経済成長率や名目金利を中長期的に一定と仮定することは、2つの意味を持ちます。1つは、今後短期的な変動があっても中長期的に平均してこの値であれば、今般の長期推計の結果はほぼ外れないと見なせることです。したがって、名目経済成長率が中長期的に平均して3%と(通常保守的な財政運営の計画を立てるときより)高めの成長率を想定した結果が、今般の長期推計で示されたといえます。また、名目金利は、仮に高めの成長率でも中長期的に平均して3.7%にとどまるとしての結果でもあるのです。

もう1つの意味は、(通常保守的な財政運営の計画を立てるときより)高めの成長率が実現できて、財政収支の改善努力を怠って政府債務がますます累増する場合でも、名目金利が一定で上がらないという(非現実的な)仮定を置くという、かなり楽観的な状態で、わが国の財政状況が将来どうなるかを示せることです。もちろん、政府債務が抜き差しならない程に累増した場合には、名目金利が上昇するでしょうし、政府も何らかの収支改善努力はするでしょう。だから、こんな状況は起こりえない、と思われて当然です。

ただ、それでもなおどの程度の収支改善努力が必要かは、この推計方法を用いることで分析可能です。設定した仮定が誰から見ても明白なので、推計結果自体だけでなく、それに基づく論理的な類推が豊富にできます。また、「収支改善幅」を示すことで、後述するように、様々な財政健全化策(様々な歳出削減、増税、増税以外の収入確保策等)を、先入観に囚われずに量的な議論ができるようにしています。増税が避けるならどの程度の別の方策が必要かも見えてきます。

そして、念押しの推計として、資料7-1(3ページ)にもあるように、仮定よりも名目金利が下がった場合なども推計結果(専門用語でいうと感応度分析)を公表しています。ちなみに、名目金利が下がった場合でも、劇的に結果が変わるわけではないことがわかります。より詳細には、資料7-2に掲載しています。ですから、名目金利を高く設定して、利払費を多く見積もり、収支改善幅を大きく見せようとする意図はありません。

さらに念押しをすれば、名目金利より名目成長率が高い状態が長期的に続く(ことはほぼないと、主要な経済学の先行研究で示されています)場合は、基礎的財政収支がゼロならばそもそも推計するまでもなく財政は持続可能なので、長期推計で示す価値はありません(この場合は、単なる「ねずみ講」経済というだけなのですが…)。

財政運営に関する主張の展開について

今般の長期推計を増税キャンペーンの一環との偏見に囚われて、名目経済成長率を(前掲の3%だけでなく)2%と低い成長率で推計を出している、と為にする批判が出ています。2%成長の推計もしていますが、前掲の同審議会同日資料7-1にあるように、代表的なものとして3%成長の推計を示しています。したがって、今般の長期推計は名目経済成長率を低く仮定して結論を誘導する意図は全くありません

さて、収支改善策についてですが、政府保有の資産を売却すればよい、との意見があります。確かに、これは一度きりの収入確保策にはなります。しかし、一度売却して収入が入ればそれで終わりです。政府の資産は無尽蔵にあるわけではありません(政府の資産を活用し恒常的に収入を得ればよいといえども、収益還元法的に見れば売却も賃貸やリース等でも等価です)。

今般の長期推計で示したのは、2020年代から2060年まで恒久的に必要な収支改善幅です。したがって、政府保有資産の売却という一度きりの収入確保策では、この収支改善を根本的に実現できるとは言えないのです。

経済成長に伴い、税率を上げなくても増える税収(自然増収)が期待できる、という意見もあります。今般の長期推計では、租税や社会保険料を含む政府収入は、欧州委員会の方法に倣い景気循環要因を排除した「構造的収入」として、法定されている今後の税・年金保険料率の引上げ等を反映している他は対GDP比で35.0%で一定としています(税収が19.5%、社会保険料収入が13.9%、その他が1.7%)。

税の自然増収は、この長期推計においてどう捉えればいいでしょうか。わが国の税制での税収弾性値は、経済学の主要な先行研究に基づくと、中長期的には1.1程度です(名目経済成長率が1%上昇すると税収は1.1%増加する)。短期的な税収弾性値は、ここでの議論には使えません。したがって、税収弾性値が長期的に4などという高い数値にはなり得ません。

また、目下議論されている法人税率の引下げ(拙稿【政策会議日記12】地方法人課税はどこが問題か(税制調査会)等を参照)が実現すれば、税収弾性値が高いとされる法人税より税収弾性値が低い消費税に税収構成がシフトするので、将来的には税収弾性値は従来より低くなります。さらに、ここでの政府収入には、社会保険料も約4割含まれています。社会保険料は、累進的でなく定率の保険料率か定額の保険料となっていますから、名目経済成長率が上がってもそれと比例して増えるかむしろそれより増えない性質を持っています。税収弾性値と同じように収入の弾性値を捉えれば、社会保険料の弾性値は1かそれ以下とみなせます。

したがって、税収だけでも弾性値は1.1を下回る可能性(法人減税)がある上に、社会保険料収入の弾性値は低いので、ここで「構造的収入」として政府収入対GDP比を一定とすることは整合性のある仮定と言えます。その意味で、自然増収は、この仮定以上の政府収入が入る何らかの具体策(所得税の最高税率を80%!にするとか社会保険料も「累進課税」するとか)を伴って議論しなければ画餅に帰すと言えます。

収入確保策の中には、インフレにして政府債務を返す(別の言い方をすると貨幣鋳造益あるいはインフレ税)ことを挙げる見方もあります。もし貨幣鋳造益を政府収入に入れるなら、これを対GDP比にすると「物価上昇率×マネタリーベース対GDP比」に相当する収入が得られます(その根拠は、拙稿「政府債務の持続可能性を担保する今後の財政運営のあり方に関するシミュレーション分析」,『三田学会雑誌』, 100巻4号に導出の詳細が示されています)。

マネタリーベース対GDP比を、仮に30%とすると、前掲の長期推計では物価上昇率を長期的に1%としているので、対GDP比で0.3%しか政府収入に貢献しません。逆に、前回の拙稿「【政策会議日記14】日本財政の将来は?(上)(財政制度等審議会)」で示した収支改善幅約12%を貨幣鋳造益だけで賄おうとすると、例えば、マネタリーベース対GDP比を100%にしても、物価上昇率が恒久的に40年近くにわたり年率12%!にならなければ賄えないほどのものです。これは、高インフレにして借金を棒引きにするという意味で、事実上のパーシャル・デフォルトで、問題の解決になっていません。マイルドなインフレにするにしても、収支改善にわずかな一助にはなるものの、財政問題の抜本的解決にはなりません。

今後は、政府保有資産の売却やインフレにして返すという方策は、この長期推計では本質的なものではないことを押さえた上で議論することが、(製品メーカーのfoolproof的な意味で)外してはならないポイントといえます。

今般の長期推計を公表した直後に、現状を放置すれば際限なく政府債務が膨張する、との結果をクローズアップして報じるものもありました。しかし、それが今般の長期推計の主な含意ではありません。今般の長期推計は、財政危機を煽るのが目的ではありません。わが国の今後の財政において収支改善幅がどれだけかを示すことが1つの重要な目的です。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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