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大学入試の解答原則公開は何をもたらすか

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
大学入試の風景。文部科学省が今後解答を原則公開するよう求めた。はたしてどうなる。(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

文部科学省が6月5日に、2019年度入学生の試験から、大学入試の解答を原則として公開するよう各大学に求めた。正式には、「平成31年度大学入学者選抜実施要項」(PDFファイル)にて国公私立各大学等に通知した。

これは、2018年1、2月に大阪大学や京都大学などで発覚した入試の合否判定に影響する出題ミスが引き金となっている。受験生にとって、合否判定に影響する出題ミスは、人生を左右するだけに、再発防止は不可欠である。

出題ミスの再発防止の観点から出てきた話として、文部科学省は、前掲の実施要項で、「解答については、原則として公表するものとする。ただし、一義的な解答が示せない記述式の問題等については、出題の意図又は複数の若しくは標準的な解答例等を原則として公表するものとする。」と、各大学に通知した。

この通知は、大学側に公開を義務付けるものではない。だから、判断は大学側に委ねられている。

しかし、義務付けるものでないからといって、大学側は「馬耳東風」にできるだろうか。

文部科学省は、予算で国公私立大学への補助金を差配している。国公私立大学にどれだけの予算が投じられているか、概観しよう。2018年度予算で、文教予算はもっと多くあるが、主に大学向けとされる予算だけに絞っても、国立大学法人運営費交付金等が1兆0971億円、国立大学施設整備費補助金が312億円、 国立大学法人先端研究等施設整備費補助金45億円、国立大学経営改革促進事業が40億円、私立大学等経常費補助が3154億円といったところが挙げられる。これら以外にも大学に分配されている予算はあるが、これらだけでも1兆円を超す予算が各大学に分配されている。

その予算を増やすも減らすも、文部科学省の権限に委ねられている。今回の通知と予算は、表向き何の関係もないが、はたして大学側はどう受け止めるだろうか。

もし大学側が、この通知通りに、大学入試の解答を公表することにしたらどうなるだろうか。

唯一の正解を想定した入試問題なら、それは公表できる。公表しても問題はない。いや、公表できないとすると、入試問題を作成した側に問題がある疑いが出てくる。

しかし、大学入試問題は、唯一の正解を想定した問題だけを出しているのではない。むしろ、大学側は、画一的な解答しかできない学生よりも、人と違う解答が出せる多様な人材を入学させたいとする向きが強まっているから、入試問題も多様な解答を許すきらいがある。

唯一の正解がない入試問題は、どうするのか。文部科学省の前掲通知によると、「出題の意図又は複数の若しくは標準的な解答例等」を原則公開せよという。

はたしてそれでよいのか。結論から言おう。多様な解答を認める入試問題について標準的な解答例を公表すると、様々な支障が出る。

出題ミスを防ぐための牽制効果として解答の公開を求めているのだが、大学入試と受験生の深遠な関係を、この通知は理解しているのだろうか。

大学入試の過去問(と公表される解答例)が、その後の受験生の学習に影響を与えることを踏まえなければならない。受験生は、基本的に、志望校の入試の過去問をみて、「傾向と対策」を練る。それを踏まえて、入試に向けた学習を行う。そうした慣行の下で、解答例を公表すればどうなるか。

大学側が多様な解答を受け入れる用意があるのに、公表した解答例が示唆する型にはまった解答が、合格に近道と受験生に誤ったシグナルを与えかねない。受験生も、唯一の正解があるわけではないのに、リスクを冒して解答するより解答例に即した解答をしかねない。

さりとて、出題する大学側も、多様な解答を可とした入試問題で、整頓された解答例など公表しようがない。外部から批判されないような無難な例を公表したがるだろう。

結局、大学側は多様な学生に入学してもらいたいと望んでいながら、大学側から「標準的な」解答例を公表することで、受験生の解答は画一化する可能性があり、それは大学が本来求めている学生像と異なる結果になる。受験生も、本来の個性を押し殺して標準的な解答例のタガにはめられながら解答して入学が認められるより、妙な遠慮なく伸び伸びと本来の個性を発揮して認めてもらった方がよいに決まっている。

何のための解答原則公開なのか。

そう、出題ミスの防止のためなのだ。

出題ミスの防止のためなら、画一的な解答公表に拠らない形の防止策を強化することの方が肝心だろう。文部科学省は、解答原則公開ではない方法で、本質的な防止策を大学側に求めるべきである。事前の入試問題の点検は、当然徹底されなければならない。

その上で、最も決定的なものは、出題ミスを多発するなら大学独自作成の入試問題は認めない、という形の防止策は牽制効果がある。特に、私立大学は学部ごとに入試を行っており、(生々しい言い方をすれば)その受験料収入も大学の運営費の財源としている。学部ごとに入試問題を作るのは相当なコストがかかる。それでいて、出題ミスが出るとなると、何のために学部ごとの入試問題を作っているのか、と意義が問われる。これは、解答を公開しようとしまいと、大学側に説明責任が問われるべきことである。

唯一の正解がある入試問題は解答を公開してよいが、多様な解答を認める入試問題までにも標準的な解答例を原則公表することは、受験生のためにも大学のためにもならない。

※本稿の内容は、個人的な見解であって、筆者が属する組織の公式の見解を示すものではない。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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