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生物学の視点から出発して「生命とは何か」を思索し続ける福岡伸一氏(生物学者 青山学院大学教授)。
一方の阿部裕輔氏(医用工学者、医師 東京大学准教授)は、医用工学の立場で人工臓器を開発し、「生命を救う」手段を研究している。

異なる分野に携わる二人が思い描く、生命の本質とは。
そこに、技術はどのように関わっているのだろうか。
■科学のずっと前に あったのが、医学。
福岡 ── 初めまして、福岡です。今日はよろしくお願いいたします。

阿部 ── 阿部です、こちらこそ。先生の著書『動的平衡』と『生物と無生物のあいだ』をとても面白く拝読させて頂きました。『プリオン説はほんとうか?』にも出てきた「ノックアウトマウス」のエピソードが印象的でしたね。

福岡 ── ありがとうございます。遺伝子の中の特別なある情報を消去して、その部品を作れないようにした(=ノックアウトした)マウスですね。私は以前、膵臓の外分泌系を一生懸命見ていたので、分泌の仕組みというのを調べようと思ってGP2という遺伝子を見つけ、それをノックアウトするマウスを苦労して作りました。3年ぐらい掛けてポルシェ3台分ぐらいの研究費を投入したんです。

しかし、生まれたマウスには何も起こらなかった。GP2は進化の過程で保存されている大事な遺伝子だから、無用の長物であるはずもない。いわゆる、機械論的に考えると、機械の中の部品を取り除いているのに、その機械が勝手に治っているわけです。

そうすると、生命が持っているある種の別の仕組みを、もうちょっと考えないといけないんじゃないかと思ったんです。

阿部 ── それが、先生の「動的平衡」という考えにつながった。

福岡 ── そうですね。基本的に私は、生物というのは全体で機能しているから、部分部分というのはなかなか切り取っては考えにくいと思っています。これまで科学では、部分部分を考え、そこに機能を当てはめ、その機能をある種の機械論的な機能に置き換えて研究してきました。

治療もそういう方向で進んでいくというのは、1つの近代科学の流れだったわけですよね。

阿部 ── ええ。一般によく誤解されているのですが、医学は、もともとは科学ではありません。科学には、社会科学と自然科学があって、自然科学は、物理学・化学・生物学・地学の4つです。ここに医学は入っていない。

──医学の歴史は、科学よりもずっと古いんですね。

阿部 ── もともと医学というのは、祈って治したり、その辺の草をギューッと絞って塗ったり、そういうのが医学だったんです。

福岡 ── つまり、おまじないだったんですね。

阿部 ── そんな感じですね。でも、西洋医学は生物学をベースにしているんですよ。その時点から科学が入ってきたわけです。「メディカル・サイエンス」と言うんですが、今はそれをベースに医学の研究が進んでいる、こうした流れがあります。

しかし、どんなに科学的に優れていても、医学は患者が亡くなったらダメなんです。逆に科学をベースにしていなくても、患者がスカッと治ればもうOKなところがある。日本を離れると、お祈りして治しているところもあるんです。

福岡 ── それでも患者が治れば、それは優秀な医者なんですね。

阿部 ── 私の研究分野は、医学と工学とにまたがる「医用工学」です。医療の進歩は、いろんな薬ができたからだけでなく、医療機器の進歩が大きく貢献しているんですよ。病院に行くと診断や治療に使う様々な医療機器がありますが、ああいうものが医用工学の研究成果です。

(つづく)

(構成・文/神吉 弘邦 写真/渋谷 健太郎)

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記事提供:テレスコープマガジン