奨学金が返せない - 若者の貧困に追い討ちをかけ、国際人権規約から逸脱する日本の奨学金制度 | すくらむ

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 上のグラフは、文部科学省のホームページに9月7日にアップされた『図表でみる教育 OECDインディケータ(2010年版)』の中で、最初に登場する国際比較です。日本の公的教育支出は対GDP比3.3%しかなく、OECD加盟国(各国平均4.8%)の中で最下位です。


 OECDは、「教育は、未来への投資である」として、「教育に投資された公共資源は、最終的に大きな税収となって国に還元される。OECD諸国では、高等教育を修了した男性は、後期中等教育までしか修了しない場合と比較すると、所得税及び社会保障などに対する寄与として、119,000ドルの付加価値を生み出すと試算される。この額は、それに投資された公財政を差し引いたとしても86,000ドルとなり、高等教育に対する公共投資額(一人当たり)の約3倍となる」と指摘しています。


 日本という国は、政府みずから「未来への投資」を怠り、投資額の3倍もの「大きな税収となって国に還元される」べきものを台無しにしてしまっているのです。


 文科省がこのデータを公表する前日の9月6日に、NHKクローズアップ現代で、「奨学金が返せない~若者たちの夢をどう支えるか」が放送されました。「未来への投資」を怠り続け、国際的な常識からも逸脱している日本という国のとても悲しい現実が告発されていたので、その要旨を以下紹介します。(※いつものように丸めた表現ですので御了承を。文責ノックオン)


 奨学金の返済に追われ、生活苦に陥る若者が急増しています。その背景には学費が高騰し、借りる奨学金が高額になった上、かつて無利子だった奨学金が有利子中心に変化してきたことがあります。


 国の奨学金制度を担う独立行政法人・日本学生支援機構には、景気が低迷するなか負担が重すぎて「返したくても返せない」という声が殺到しています。


 奨学金の滞納者はこの10年で2倍の33万人に増加。高額費に加え、雇用の悪化が深刻な事態を生んでいるのです。


 Tさんは、図書館司書を夢見て奨学金で大学に進学。資格を取りましたが、非常勤職員の仕事しかなく月10万円の賃金で正職員の募集を待ちながら図書館で働いていました。しかし、奨学金の返済は月2万円。賃金の2割を奨学金の返済にあてるため生活が苦しくなり、トリプルワークもしましたが体調を崩してしまいました。Tさんは仕方なく、図書館司書をあきらめ、正職員の募集があった別の仕事に就くことにしました。


 「奨学金を返すために夢をあきらめなきゃいけない状況は、やっぱりすごく悲しい…」と語るTさん。日本の奨学金は若者に夢や希望を与えていると言えるのでしょうか?


 日本の奨学金制度では、有利子の奨学金がこの間増え続け全体の7割を占めます。この有利子奨学金の増大に比例して滞納者も急増しているのです。


 Oさんも正規の職に就けないため、奨学金の返済が滞り、延滞金が加算されて借りた奨学金は2倍の270万円に膨れ上がりました。「八方ふさがりです。こんなに人の生活を追い込んで奨学金と言えるのかな…」と語るOさん。日本学生支援機構は、2010年度より奨学金の返済を3カ月滞納すると、個人信用情報機関に通報する――いわゆるブラックリスト化――を進めています。ブラックリスト化されると住宅ローンやクレジットカードが利用できなくなります。先月末までに2,386人がブラックリスト化され、Oさんのところにもその通知が来ています。若者の貧困にさらに追い討ちをかける日本の奨学金制度となっているのです。


 《※以下はコメンテーターとして出演していた北海道大学教授の宮本太郎さんのコメント要旨です》


 奨学金制度の本来の目的は人材の育成です。人材育成のための公的機関が“借金の取り立て”として、ここまでエネルギーをさいているというのは、違和感を通り越して危機感を感じます。


 借りたものは返さなくちゃいけない――それはその通りですが、奨学金を現在返済中の人は273万人いて、そのうち21万人が3カ月以上の滞納という実態を見なければいけません。ここまで来ると個人のモラルの低下だとか、あるいは督促の不徹底だとかという種類の問題ではなくて、奨学金制度の構造的な問題ととらえる必要があります。


 ひとつは奨学金の返済の重さに大きな問題があります。日本の奨学金はすべてが返さなければいけない貸与です。しかも日本の奨学金の総額の7割が利子をつけて返さなければいけない有利子貸与です。先進国を見ると、返さなくてもいい奨学金=給付型の奨学金制度がある国がほとんどです。


 「小さな政府」とか「市場原理主義」と言われているアメリカでさえ、機会の平等を大変重視していて、連邦政府が517万人に返済不要の給付型の奨学金を提供しています。先進主要国で、返済不要の給付型奨学金がまったく無いのは日本だけなのです。その結果、大学を卒業しただけで、日本の若者は、数百万円もの借金を背負って社会に出て行くことになってしまう。これまでのように安定した日本型の雇用が続いているというのであればまだ良かったかも知れません。ところが労働市場の状況は根本的に変わってしまっているのです。いま初めて仕事につく若者のうち、男性は35%、女性は58%が非正規労働者というのが現実です。非正規労働者の実態は、ワーキングプアで、毎日の生活も困窮しているわけですから、結果として奨学金を返したくても返せないのです。1カ月以上奨学金を滞納している人を見ると、年収200万円以下が7割です。


 先ほどのTさんも収入の2割を返済にあてていたわけで、さらに年率10%の延滞金がかかってきたOさんのように雪だるま式に奨学金の返済が増えてくるというのは、まさに構造的な問題です。日本は、高等教育への公的支出があまりに少な過ぎるのです。子どもが勉強ができても奨学金の返済の負担の重さを考えて大学進学をあきらめるケースが増えています。これでは何のための奨学金なのかわかりません。奨学金制度の再設計が求められています。いま奨学金が返せないという人が増えるだけでなく、将来の進学の夢もあきらめざるをえない状況になってしまっています。


 グローバル経済の中で国の力を伸ばしていくためには、高い知識水準、高い技能を持った人材をどれだけ育成するかが大事で、教育による人材育成こそが国の国際競争力を決めるのです。そういう意味で各国は、国家戦略の観点から奨学金の改革に取り組んでいるのです。


 たとえば、こうした戦略をもっとも徹底して進めているのは、スウェーデンのような北欧の国々です。私立大学を含めて学費は無償にして返済不要の奨学金は、学生の生活費のために提供しているのです。さらに若者だけでなく、一度働いてみたけれど、他の分野の仕事をしたいと目的意識を持って再度大学で学ぶことなども可能になっているのです。


 また、返済不要の給付型奨学金に加えて、イギリスやオーストラリアなどではいろいろな工夫がされています。たとえば所得連動型の奨学金返済方式というのがあって、所得の額に応じて無理のない返済額を決めるのです。イギリスの場合は奨学金返済の上限が収入の3.8%と決まっているのですが、多くの年収を得た人は多い割合で、少ない年収の人には少ない割合でとリスクのシェアリングをしています。Tさんが所得の2割を返済にあてなければいけなかったことを考えると大きな違いです。奨学金は金融の投資ではなく、この国の未来への投資だという原則を忘れてはいけないのです。


 ――以上がクローズアップ現代の要旨ですが、若干補足をしておくと、国連による国際人権規約の中に、「教育の無償化の導入」に努めることを規定した「国際人権A規約第13条」があります。


 この「国際人権A規約第13条」には、「中等教育と高等教育の無償化の漸進的導入により、すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること」と明記されているのですが、この国際人権規約を批准している160カ国中、日本とマダガスカルの2カ国だけはこの「中等・高等教育の無償化条項」を留保したままです。ようするに、世界160カ国の中で、政府として「中等・高等教育の無償化なんか進める必要はない」と宣言しているのが、日本とマダガスカルの2カ国なのです。日本の大学の学費は初年度納入金が国立大学で平均81万円、私立大学で平均131万円と世界1高い学費になり、私立大学では年間1万人の学生が経済的理由で退学しています。1970年から2000年の30年間でみると、消費者物価の上昇率は2.9倍なのに大学の学費は、私立大学で5.6倍、国立大学でなんと47.2倍にもなっているのです。民主党政権は昨年の総選挙で「国際人権A規約第13条」の留保を撤回すると公約しながら実行していないばかりか、無利子貸与の奨学金予算を減額しています。


(byノックオン。ツイッターアカウントはanti_poverty)