2010年。就職氷河期をくぐり抜けた新入社員たちは、初任給をどんな気持ちで握りしめたのだろう。そして、その額は? 実録、おカネ物語。
「初任給と年収差」のカラクリ
この春、中央三井信託銀行に入行した鈴木大輔君(大卒・男子・仮名)が、初めての給料を手にしたのは4月16日の朝のことだった。振り込み額は19万円弱。まとまったおカネを手にしたこともうれしかったが、これは社会人として働いて得た初めてのおカネなんだという充実感のほうが強かった。
その日の夜、職場の同期と飲みに行った。学生時代には入れなかった少しお洒落な居酒屋。稼いだおカネで飲む酒は本当にうまいと語り合いながら飲んだ。たぶん一生忘れられない一日になるんじゃないか、と思った―。
俗に「ゆとり第一世代」と称される若者たちが、この4月、就職氷河期を乗り越えて入社した企業で初任給を手にした。彼らは、初めての給料をどんな思いで受け取り、何に使ったのだろうか。また、この不況下、各企業の初任給事情はどうなっているのか。各種データや聞き取り調査をもとに、人気企業30社の「初任給」についてもリアルに探った。
まずは、下の表をご覧いただきたい。
'10年の就活生の人気企業トップ30社の初任給だ。一見、ほとんどが20万円前後で、横並びに見える。しかし、ここ十数年で大きなトレンドの変化があったのだ。
というのも、厚生労働省の「平成21年賃金構造基本統計調査結果(初任給)の概況」によると、バブル絶頂期の平成元年('89年)から平成4年('92年)にかけて、大学卒の初任給は「前年比約5%増」の勢いで上がり続け、わずか4年のうちに約2万6000円アップした。
しかし、バブル崩壊後は、17年間でわずか約1万4000円しか上がらず、ときには下がることすらあるという「初任給低迷期」に入っていたのだ。
だが、各種・統計をもとに'10年の人気企業の初任給を調査したところ、この不況下にもかかわらず、ランキング上位で初任給を下げた企業は少なかった。ほとんどが据え置き、またはアップとなっていたのだ。『若者はなぜ「会社選び」に失敗するのか』などの著書がある、ネットメディア『My News Japan』代表の渡邉正裕氏は、その理由をこう分析する。
「現在、企業では、成果主義の導入などにより、40代以降の給与水準を下げ、20代の給与水準を上げる傾向が見られます。初任給アップの傾向は『40代以降からの給料が上がりにくくなっている』ことの裏返しとも言えるので、手放しで喜べるものではありません」
確かに、企業側は採用戦略で動きを見せている。初任給の高さをウリに優秀な人材の確保を狙う企業が出てきたのだ。渡邉氏は言う。
「世界最大級の投資銀行ゴールドマン・サックス証券が初任給も平均年収も他の企業と大きく異なることは知られていますが、このような動きは日本にも表れ始めていて、野村證券では初任給54万2000円のグローバル型社員制度を来年の採用から本格スタートする予定です」
また、年俸制を導入する企業が増えてきたのも特徴だ。
「年俸制の場合、年俸を12で割った金額の中に、みなし残業代や、他社でいうボーナスも含まれます。ただし、別途、業績連動のインセンティブ報酬が出ることが多いようです。例えばサイバーエージェントでは、昨年入社の新人で初年度20万~30万円のインセンティブが出ており、1年目で450万円弱と初任給の水準は悪くありません」(渡邉氏)
初任給が高い企業は魅力的ではある。だが、単純に「初任給が高い=年収が高い」とはいかないという。渡邉氏は、実際の給料や待遇の違いを見ていくうえで欠かせない四つのチェックポイントを挙げる。「福利厚生」「ボーナス」「給料上昇率」「残業代」である。
「福利厚生の場合、ほぼ全員が独身寮に入る三井物産は住宅費がほとんどかからない。逆に、住宅関連の福利厚生を全廃したキヤノンでは自費になります」
当然、後者のほうが負担は大きいことになる。ボーナスでも差は出ている。
「JALはここ数年間ボーナスがゼロ支給。逆に、住友商事は年間で基本給の約11ヵ月分も出ています。
給料上昇率については、ヤフーは四半期ごとに昇給のチャンスがありますが、年1回しか上がらない人が多く、上がり幅も3000円のため、入社4年目でも基本給23万円以下です。一方、ソニーは院卒入社2年目にはグレードが一つ上がり、基本給だけで27万円ほど、残業代も含めて40万円を超えます」(渡邉氏)
給与に占める残業代も各社によって大きく違ってくる。例えば、電通の給与が高いのは残業代が基本給より高くなるためだ。表で見ても、その平均年収のケタ違いの高さは分かる。コレも残業手当の影響があるわけだ。
「全般的にマスコミはみなし残業手当の給与に占める比率が高い。新聞社や出版社などは部署によっても額が変化し、それが年収にも大きく影響しています」(渡邉氏)
それでも、新入社員たちにとって初任給の支給日が感動の一日であったことはまぎれもない事実だ。
「支給日の朝いちばんにATM振り込みを確認して、ガッツポーズをしてしまいました」
(大日本印刷・大卒・男子)
「やっと自立できたんだと思うと同時に、ここまで育ててくれた親へのありがたみを感じました」(三菱重工・大卒・女子)
など、初任給への喜びの声の多くはストレートなものばかりだった。
そして、大切な初任給の使い途としては、こんな声が揃った。
「両親をお寿司屋さんに連れて行きました。特別な言葉はなかったけれど、すごく喜んでくれていましたね」(中部電力・専門学校卒・男子)
「ひと足先に社会に出ている仲間にはよくおごってもらっていたので、みんなを集めてご馳走しました」(トーハン・大卒・男子)
学生のための社会人準備応援サイト『マイコミフレッシャーズ』の調査でも、「初任給はどのように使う予定ですか? (複数回答可)」という質問に対して、1位は「親へのプレゼント/ご馳走する」(76.0)、2位は「貯金」(68.3)、3位は「自分へのプレゼント」(28.1)という結果が出た。
前年の結果と比べてみると、1位と3位の割合はほぼ変わらないものの、2位の「貯金」は前年の60.6から7ポイント以上増え、貯金への意識が高まっている。
時代によって、消費意識や節約志向などに変化はあるものの、「親へのプレゼント」という感謝、「自分へのプレゼント」という記念など、初任給の王道としての使い方は、今も昔も大きく変化はしていないようだ。
ここでは紹介しきれなかった「ゆとり教育第一世代」クンたちの初任給への思いについては、次ページ以降でじっくり見ていこう。