金星気球

 気球による惑星探査と日本の金星気球計画

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1.惑星気球の開発史

気球は,大気科学観測において最も古く,かつ今なお最も重要な手段の一つである.19世紀以来,塔や高山よりも上空の大気観測には気球が用いられてきたが,20世紀に入って航空機・ロケット・人工衛星などが発明された後も,気球は高層気象観測の中心手段であり続けている.さらに,比較的大重量の観測機器を航空機の飛行高度より高い上空で長時間維持できる「科学観測用乗り物」としても,戦前から続く宇宙線観測に加えて,X線天文学・赤外線天文学・大気化学などの分野において重要な役割を果たしている[1,2].

気球の基本形は,皮膜の中に浮揚ガスを閉じ込めて浮力を獲得するものである.ガスの物性による気球の分類として,大気より分子量の小さい気体(地球では水素,ヘリウムなど)を用いる「軽気球」(シャルル型)と,大気そのもの(あるいは同温度の大気と大差ない密度の気体)を加熱して膨張させて用いる「熱気球」(モンゴルフィエ型)がある.一方,ガスの封じ込め方による分類として,周囲の大気より高圧なガスを丈夫な皮膜内に入れて封じきったスーパープレッシャー気球と,脱気孔を付けて内外の圧力差をなくすようにしたゼロプレッシャー気球がある.ゼロプレッシャー気球は皮膜の強度がそれほど強くなくても済むというメリットがあるが,昼間には浮揚ガスが周囲の大気より高圧になって排気が起こり(低圧になると気球容積が収縮し),ガスが次第に減少する.そのためゼロプレッシャー気球は,一般に次第に高度を下げることになる.長時間にわたって滞空させるためにはスーパープレッシャー気球が良い.

図1 惑星大気の鉛直構造の比較

他惑星の探査が可能となった1970年代以降,周回衛星や着陸船の開発と並んで,他惑星の大気中を浮遊する気球の開発が米・ソ・仏などで行われてきた[3].地球の気象学において中心手段の一つである気球は当然ながら他惑星においても不可欠であり,また惑星表面を広範囲で調査できる能力は他惑星では地球以上のメリットがあるからである.そこで,地球の気球にも共通する開発項目に加え,降下中あるいは着地後の着陸機からの放球システム,惑星と地球間の超長距離テレメトリ,さらに地球大気と異なる圧力・温度・組成を持つ惑星大気中(図1)を浮遊できる皮膜などが開発項目として付け加わった.着陸機からの放球については地球大気中でのロケットからの放球,超長距離テレメトリについてはVLBI,また海水中や溶鉱炉内などの特殊な条件下で使用されているものを皮膜材質や搭載電子部品として応用する研究などが進められた.

上記の諸項目のうち,大気条件を地球に近いものに設定して実現したのが,1985年のVEGA気球である[4].ソ連(当時)の探査機VEGA 1号および2号は金星をフライバイする際に各1個の気球を投下した. この気球は仏のグループが地球上の長時間飛翔用に開発した熱気球・スーパープレッシャー気球の性質を併せ持つもので,惑星赤外放射により加熱された浮揚ガスで気球は満膨張状態(ガスが膨張して気球の最大容積まで膨らんだ状態)を維持し,地球対流圏の気圧・気温に近い金星の雲層高度(50〜55 km)をそれぞれ2地球日程度浮遊した.この実験では,水平位置の追尾のほか,搭載機器により気温・気圧・気球に相対的な風速・雷発光などがモニターされた.気球追尾とデータ受信には,米国を中心とする全世界の大型アンテナ網を使ったVLBIが用いられた.その結果,スーパー・ローテーションの実測,ハドレー型と思しき子午面循環,アフロディーテ山脈上空での山岳波の影響を示唆する顕著な気球上下運動などが観測された.

その後米ソともに惑星探査が沈滞した時代となったが,惑星気球の研究は少しずつ進められてきた.VEGAで果たせなかった金星大気下層の高温高圧環境下(地表では460℃,90気圧)を浮遊する剛体金属気球(後述)が,仏のBlamontや,日本の西村・矢島らを中心に検討された[5,6,7].後者の検討を踏まえ,その後の技術的進展によって換骨奪胎したものが,本稿で紹介する金星気球である.一方米国JPLでは,Planetary Aerobotと呼ぶ惑星用の様々な気球が検討されている.Mars Aerobotは火星の希薄な大気中の高度数kmを浮遊する構想で,観測項目として地表面の光学観測,磁場計測,地下レーダー探査,気象観測などが挙げられている.Venus Aerobotは,金星の雲層高度での水平浮遊と,高温高圧の下層大気への短時間(5時間以内)の潜行を,浮揚ガスであるヘリウムと水蒸気のうち水蒸気の相変化を制御することによって繰り返すという構想である.地表面や下層大気を直接観測した後は涼しい上層大気に避難し,機器が十分に冷えたら再び潜行するわけである.その他,タイタンの広範囲の地表面や大気を調べるTitan Aerobotや,自身は木星の1〜10 barを浮遊しつつ小型ゾンデを投下して500〜1000 barまでの大気深部の情報を取得するJupiter Montgolfiereなどがある.

2.惑星気球による科学観測

2.1 大気観測

惑星大気に投入される気球でまず試みられるものは,気球の位置の時間変化から風速を求めることであろう.極端に言えば,全く観測機器を積んでいない気球であっても,位置の推定さえできれば,それは風を観測する立派な科学観測気球である.大気科学観測と気球そのものの性能・制約は連動しており,これが気球工学の面白く奥が深いところである.さらに進んだ大気科学研究のためには,搭載測器によって気温や気圧も計測することになる.また,気球がほぼ空気と馴染んで動いているとすれば,気球で測定した大気組成の変化などは,空気塊に即したLagrange的な組成変化として,そのまま実験室の結果に対応させることができる.以下では特に,気球で測定された風の観測結果からどのようなことが導けるかを述べる.

惑星大気の運動は,基本的に東西ほぼ一様な強い東西流と弱い子午面循環,それらに重なる波動などの擾乱から構成される.気球が惑星を1周したとして得られる東西風速の平均値は,ほぼ東西平均の東西風速と見なされる.気球位置を地球から測定する場合は,地球から見て裏側を気球が通過する間の風速は測定できないが,1周に要した時間から平均風速を推定できる.一方,ある緯度に投入した気球は殆どその緯度に沿って惑星を周回するので,風速(他の物理量も)の緯度分布を求めるためには複数の気球が必要である.

南北風速については,気流に沿って1周して測定して得られるLagrange的平均値と,経度方向のEuler的平均値は,気流が波動擾乱によって南北変位する影響のために異なることが,大気力学理論から導かれている.この波動擾乱の寄与,さらには波動自身がどのようなものかを知ることは大気力学的に重要であるが,1個の気球の観測から直接それらを導き出すことは容易ではない.しかし,気球が蛇行して流される様子やその間の風速・気温の変化から波動の水平構造を制約できれば,様々な波動モードについての理論的予想をもとに,その正体を絞り込むことは非現実的ではない.また,気球が惑星を何周もできれば,あるいは複数の気球が時間を隔てて同地点を通過すれば,波動が時間とともに姿を変え伝播する様子が分かるかもしれない.その場の気温と気圧の時系列から気球の上下運動を推定することも可能で,ここから(VEGAで実施されたように)山岳波などを検出することもできる.

一方,少数の気球で得られる情報から惑星全体の大気構造を描き出すためには,近年研究の進んだ大気大循環モデルなどを援用する必要があるだろう.気球の航跡上での観測データや周回衛星からのリモートセンシングデータを数値モデルに入れて,観測値のない領域・時間帯・物理量を推定する4次元同化やリトリーヴァルと呼ばれる手法は,地球大気海洋の理解のために特に日本で重点的に研究が進められている分野である.逆に,計画立案段階からそのような数値モデルを駆使して,気球投入の様々なケース(場所・時期)について繰返し仮想実験を行い,最も有効な観測が実施できそうなケースを選定することもできるであろう.

2.2 地表面・電磁場の観測

気球はまた,衛星と同じような飛翔体プラットフォームとして,地表面の遠隔観測や電磁環境計測にも威力を発揮しうる.衛星との違いは,観測対象との距離が圧倒的に近いことと,観測対象との間の障害物(雲や電離圏など)を避けられることである.着陸機やローバーに比べた利点は,走査できる範囲が広いことである.

惑星の表面地形の研究において,解像度が向上するだけで如何に多くの新発見がもたらされるかは,近年の火星探査の成果を思い起こせば明らかであろう.Mars Global Surveyorの高解像度カメラは数mの分解能を誇るが,高度1 kmを浮遊する気球から通常のカメラで写せば1桁高い解像度を達成することは易しい(むしろ問題はデータ転送レートである).分光データを得る場合にも,狭い範囲の特定の地形をピンポイントで捉えられれば,鉱物組成のリトリーヴァルが容易になるのみならず,地理的に局在化した鉱物の検出にも有利となる.

惑星磁気の測定も重要なターゲットである.内部起源の地磁気を持つ惑星で溶岩が噴出して固化すると,その岩石は地磁気と方向をそろえて帯磁する.そのため,惑星表面での残留磁気の分布は,その惑星の地磁気や地殻変動の歴史を推測する手がかりとなる.Mars Global Surveyorにより火星で残留磁気が発見されて注目を集めているのは一つの例である.磁場の強さは帯磁した岩石から遠ざかると急激に弱くなるため,周回衛星からは検出できないような弱い残留磁気でも気球からは検出できる可能性がある.

電離圏より低い高度を浮遊することは,地下レーダー探査や雷電波の検出にとって有利な点である.電離圏は低周波の電磁波を遮蔽あるいは変調するため,周回衛星からのレーダー・電波計測は周波数帯が限られる上にデータの解釈に困難が付きまとう.気球であればこのような原理的な困難は回避される.

3.日本の金星気球の構想

3.1 低高度水蒸気気球

以下では,近い将来の実現を目指して宇宙研の気球工学グループを中心に検討が進められている金星気球の構想を紹介する[8].計画では,高度46〜70 kmに分布する濃硫酸の雲の下,高度約35 kmに,気球を1ヶ月以上浮遊させる.この高度の大気の温度は180℃,圧力は5.8 barであり,金星を約10日で1周する風が吹いている.通常,気球の浮揚ガスとしてはヘリウム等の軽い気体を用いるが,金星の二酸化炭素の大気中では水蒸気を浮力媒体として使用可能である.水蒸気を用いれば,金星までの輸送中は高圧容器無しに液体の水として1/1000の容積で運ぶことができる.金星大気中の高度42 km (130℃,2.8 bar) 以下の高度では飽和水蒸気圧が大気圧を上回るため,水は沸騰して水蒸気となる.

図2 金星用水蒸気気球の投入

図3 金星用水蒸気気球の構造

図2に示すように,気球は耐熱エントリーカプセルに収納された状態で金星大気に突入する.そしてカプセルが大気の空気抵抗により減速した後に,カプセル後部より放出したパラシュートによって気球が引き出され延ばされる.すると,気球表面が周囲の高温大気にさらされることにより,封入された水が徐々に気化して,気球はしだいに浮力をもつ.気球がパラシュートより吊り下げられた状態で緩降下している間に多量の水を気化させ所定の高度に浮遊するために,気球は細長い円筒型として,図3に示すような独特の構造にする.気嚢は,金属コーティング,耐熱気密フィルム,吸水シートの多層構造になる.全ての水は気球内面の吸水層にあらかじめ均一に保持された状態で運ばれる.浮揚ガスが液体として気球内にあらかじめ封入されていることと熱交換器やガス注入装置等の搭載の必要がないことから,金星大気突入カプセルに収納する際の重量,容積は大幅に軽減され,小型化が可能となる.

この金星気球の目的は,大気を持つ惑星を直接探査する手段として有効な惑星気球の技術開発を図ること,そして1ヶ月という長期浮遊により金星大気ならびに地表面の観測を行うことにある.大気降下中に自動的に膨張して上記のような温度・圧力条件下で浮遊する気球の技術は,以下に述べるように,これまでに開発された宇宙技術にはないものを含んでいる.

3.2 気球の構造

気球の方式は,長期にわたる高度維持のためにスーパープレッシャー型とする.気球本体に要求される性能は,高い耐熱性,高い水蒸気バリア性能,硫酸の雲を通過するための耐硫酸性であり,液晶ポリマーフィルムの使用が考えられる.これはインフレーション法で製造されるため,そのまま両端を閉じるだけで円筒形気球として使用可能であるという利点もある.このフィルムの水蒸気透過度は非常に小さいが,これが気球のライフタイムを決める要因のひとつとなる.そこで,ニッケルなどの金属およびDLC(ダイヤモンドライクカーボン)によってフィルムを多層コーティングし,バリア性能をさらに向上させる.

表1 気球の諸元

表1に気球システムの諸元を示す.気球では通常,浮力が減少した際に投下して浮遊バランスを保つためのバラスト(砂や鉄粉等)を搭載するが,金星気球ではこのバラストとして水を搭載することが考えられる.水を液体の状態で搭載しておき,浮力を失ったときに適宜水を気化して気球内に送り込むのである.このように水はバラストであると同時に浮力を回復するための予備の浮揚ガスでもあることが特徴である.なお,気球内の水蒸気が抜けるに従って気球の高度は上昇するため,最終高度は1 km程度高くなる.

満膨張になる高度が目標となる浮遊高度より高く,その後も水の気化が続くと,圧力差がしだいに大きくなり,気球が破壊する恐れがある.また,熱流入が小さすぎて目標高度でも満膨張にならない場合には,さらに低い高度まで降下してから再び上昇して目標高度に収束するが,この最低高度が低すぎると,気球皮膜や搭載機器の耐熱温度を超える恐れがある.気球の膨張過程が上記制約内に入るような気球表面積を実験やシミュレーションにより求める必要がある.

気球内部の水をすべて気化させるために必要な時間は,他の条件が同一ならば,高温大気にさらされる気球の表面積が大きくなるほど短くなる.そこで気球の形状を,同一の耐圧,容積,重量の条件下で表面積を自由に設計可能な細長い円筒型とする.実際に気球の膨張過程をシミュレーションした結果,適用可能な円筒型気球はアスペクト比23以上の非常に細長い形になることがわかった[8].このような細長い円筒状だと,螺旋状に巻いて円柱の形態にした上で大気突入カプセルに収めることができるので,収納性は極めて良い.

3.3 搭載機器とデータ転送

高度35 kmの大気温度180℃において動作する高温用各種IC素子,マイクロプロセサ,1次電池,太陽電池等はすでに実用化されており,搭載エレクトロニクスの冷却の必要はない.本気球には容積および環境条件の制約から,コマンド受信機の搭載は不可能である.従って,すべて自律動作しなければならない.

搭載回路の機能は,(a)金星大気突入時の自律シーケンス制御,(b)データ収集,(c)送信データの圧縮とフォーマット,(d)送信モード制御,(e)アンテナビーム制御,(f)電力管理と動作モード制御,(g)浮遊時の内圧制御などである.ここで,(e)は時刻や周辺状況から得られた情報を元に自らの金星上の位置を推定し,地球との通信に最適なアンテナビームに切り替える機能である.

観測機器としては,温度計,気圧計,気球内外の差圧計,照度計,加速度計,搭載機器の状態を知るための各種センサを考えており,これらはセンサ部のみなら各々数十gでこの温度環境下で使用できる物がある.重量が許せば,光学的手法による微粒子濃度計測や,地表面の光学観測も候補となる.

データ転送は,周回衛星が伴わない場合は直接地球との間で行うことになる.気球と地球との距離1AUを前提とした回線設計によると,送信出力5 W (Sバンド=2.3 GHz)の条件下で,データ伝送のビットレートは最大5 bpsである.通信可能時間は,地球との相対角度により変化する.緯度20度における発電量は昼間の平均値として20 W/m2以上可能であるので,0.35 m2の太陽電池パネルと120 Whの容量をもつ二次電池の組み合わせで,データ送信量として昼間は1.2〜6 kbits/hour,夜間は0.3 kbits/hourが可能である.

3.4 観測計画

気球の位置など大気運動に関わる情報を有効に得ることを基本方針とし,その上で他の観測も検討する.これは,我が国最初の惑星気球として気球工学上重要なデータを手堅く得たいということと,金星の気象学が興味深い問題を秘めていることが理由である.

金星の大気運動はスーパー・ローテーションと呼ばれる西向きの高速帯状流で特徴づけられる[9].風速は地表面から高度70 kmの雲頂高度までほぼ単調に増大し,最大100 m/sに達するが,この速さは周期243地球日の自転の60倍に相当する.このような循環が生じる理由は分かっていないが,自転の角運動量を雲層高度にまで運び上げる何らかの力学過程があると予想されている.気球が浮遊する高度35 kmでは,まさにそのような力学過程が存在するはずであり,この領域の気象データは貴重である.現在,金星気象の研究を主目的とする金星周回衛星計画が日本で進行中であるが,これはリモートセンシングによる雲層近辺のサーベイ的な観測が主体である.次のステップとして,より低高度の大気運動に関する直接的な情報が依然として強く求められている.

気球を投入する地点としては,緯度20度程度の通信可能な場所で,地球から見たディスク中心より風上寄りとしたい.これは,中緯度から赤道域に角運動量を分配する力学過程が帯状風加速のために重要であるという理論的予想があることと,浮遊開始直後になるべく長期間地球から見えていて欲しいことが理由である.ただしリム近くでは地球から見た気球の移動が少なくて,気球が流される様子を把握しにくいため,投入位置は慎重に検討する必要がある.気球の位置決定は地球の深宇宙アンテナを用いて相対VLBIという手法で1〜2時間に1回行う.このような位置決定と気温・気圧データから,2章で述べたような手順で平均循環や波動などの情報を得る.照度計から得られる雲量変化の情報や,微粒子濃度計から得られる周辺のエアロゾルの情報も,雲物理が深く関わる金星気象学の理解のために役立てられる.

一度に複数の気球を異なる場所に浮遊させることができれば,惑星全体の大気運動について遥かに豊かな知見を得ることができる.ここで紹介した気球は総重量1 kgのシステムで,エントリーカプセル搭載時の容積は約0.018 m3と非常にコンパクトである.したがって,1つの衛星に複数のプローブを搭載することも可能であると思われる.

気象学以外の科学観測としては次のようなものが挙げられる.

  1. 地表面の光学観測を行う.金星の下層大気は濃密でレイリー散乱が強いため,太陽光のもとでの撮像は困難だが,金星大気が透明となる近赤外の窓(波長0.8, 1.0, 1.2 μm付近)を使って夜側で熱放射を観測する方法がある.地形や溶岩原の層序を調べる,放射率の分布を調べる,活火山からの熱放射を検出する,などが目標となろう.
  2. 残留磁気を計測する.現在の金星では内部起源の磁気は検出されていないが,遠い昔には存在した可能性があり,その場合には温度の比較的低い高地を中心に磁気が残っているかもしれない.
  3. 大気の成分分析により,光化学における重要性が指摘されている塩素化合物の同定や,雲の凝結核となるかもしれない微粒子の同定を行う.
  4. 雷放電から放射される電波を検出する.金星における雷放電については光学および電波観測による報告が少なからずあるが,いずれも決定的とは言えないため,その有無をめぐって20年余に及ぶ論争が続いている.

3.5 もう一つの構想〜剛体金属気球

さらに低高度を浮遊する気球として,金属球による気球も考えられている.耐熱フィルムの皮膜を金星大気中で膨張させるかわりに,最初から水素やヘリウムを封入した薄い金属球の気球を運搬する方式である.高温環境下でも気球の強度やガスバリア性に問題がなく長期間の飛翔が可能である.ただし,そのままでは最初から球形高圧容器として運ばなくてはならないため,強度を持たせるために気球本体が重くなる.これを大幅に軽量化するため,図4に示すように気球本体は保護のため耐圧容器に入れて運び,浮遊高度で分離させる二重カプセル方式[10]が考案されている.浮遊高度では内外の圧力差が小さいため,直径1 mのチタン製の気球は厚さがわずか0.1 mmであっても強度が保たれ,気球の質量は2 kg程度ですむ.高度13 kmに飛翔させる場合の浮遊総質量は17 kgで,浮揚ガスを除いた13 kgの機器を搭載可能である.このような方式を利用すれば,地表面まで降下してサンプルを回収することも夢ではない.また,降下途中において地表近くの気象データを得ることもできる.

図4 二重カプセル方式による金星用剛体金属気球

4.実現に向けて

長年の構想にも関わらず,地球以外の惑星での気球実験はただ一度VEGA計画で試みられただけである.しかし近年,Mars Global Surveyorを契機とする火星表面地形への関心の増大,金星探査の機運の(久々の)世界的な盛り上がり,Galileo木星プローブによる木星大気構造に関する問題提起,Cassini探査機を契機とするタイタン大気への興味によって,これらの惑星を気球で探査する構想が世界中で真剣に議論されている[11].日本の金星気球計画はその一角をなしており,ここ数年の集中的な検討と基礎実験を経て,工学的にはかなり現実味を帯びた構想となってきている.

実施の形態としては様々なものが考えられる.より豊かな成果を得るためには,金星周回衛星をデータ中継や気球追尾に用いるのが良いだろう.また,必ずしも単独のミッションとしてではなく,別の惑星に向かう探査機が金星でフライバイする際に気球を投下してもらうこともありうる.これらの可能性を念頭に置いて,明確な理学目的のもとに研究者を糾合し,ロードマップを描かねばならない.

[1] 西村純, 1975, 「気球を飛ばす」(岩波書店)
[2] 矢島信之, 井筒直樹, 今村剛, 阿部豊雄, (近日刊),「気球工学」(コロナ社)
[3] 山中大学,小山孝一郎,西村純, 1988,大気球シンポジウム報告書 昭和63年度, 51.
[4] Crisp, D. et al., 1990, Adv. Space Res.10 (No.5), 109.
[5] 山中大学, 1988, 天気 (日本気象学会), 35, 391.
[6] Yamanaka, M. D., et al., 1989, J. Space Tech. Sci. 5, 25.
[7] 西村純,雛田元紀,矢島信之, 1990, 宇宙科学研究所報告27, 21.
[8] 井筒直樹, 矢島信之, 2002, 宇宙科学研究所報告44, 51.
[9] 松田佳久, 2000, 惑星気象学, 東京大学出版会.
[10] Izutsu, N. et al., 2000, Adv. Space Res. 26, 1373.
[11] Smith, I. S. and J. A. Cutts,日経サイエンス2000年3月号,23.

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