“怖い国カード”のババ抜き

9月末に尖閣諸島付近の日本領海内で、中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件。

日本側が公務執行妨害で逮捕した中国人船長を(那覇地検の政治的判断で??)釈放してからもなんやかや応酬が続いています。

この件についてちきりんの意見をひとことで表せば「中国はアホやなあ」ということです。


今回、日本側の判断、すなわち、
・国外退去にせず逮捕して連れてきたこと
・那覇地検が日中関係に配慮して釈放したこと、や、

日本側の弱腰、すなわち、
・中国の圧力に屈して、起訴せずに釈放したこと
を責める報道もありますが、客観的、国際的にみれば、この事件で大損したのは中国側なんじゃないでしょうか。


そもそもアジアにおいて、日本は常に「警戒され、怖れられ、疑われている国」です。

今の日本人の、特に若い人にしてみれば、外国の人が自分達を怖がるなんて想像しがたいとは思いますが、歴史をみれば過去 100年においてアジアであっちこっちの国に軍隊を送って侵略した国の名は「日本」です。

戦後何十年も軍隊を自衛隊と呼び、災害救助や雪祭り設営などの平和的事業を軍隊の仕事として前面にだし、たとえ極めて援助的な色合いの濃い場合であっても自衛隊を海外に送る際には、アジア各国に事前説明するなど常に配慮する必要があるのは、憲法 9条があるという国内事情だけではなく、「アジアの各国が日本の再軍備にセンシティブだから」という背景もあります。

アジア経済圏構想にしても、円の国際化にしても、鳩山さん的“友愛精神に基づくアジアの連帯”でさえ、“大東亜共栄圏的発想なのではないか?”という疑念を産み、原子力開発や飛行機開発においても、ありえないくらい消極的であることを余儀なくされてきたのが日本です。

アメリカや日本にとっては中国はここのところずっと一種の“脅威”でした。

でもアジアでは「過去 100年だと、中国に攻められたことはないけど日本軍には侵略された」という国の方が圧倒的に多いんです。

中国も中国でいつまでも「俺ら、被害者だし」みたいな顔をしてきました。


そんな中で今回の事件は「怖いのは(日本なんかではなく)中国だ!」という強い印象を多くの国に与えたと思います。

特に、政府が絡んでいる油田の共同開発に影響がでるくらいはともかく、日本への観光旅行の自粛、レアメタルの輸出規制からスマップの講演中止などという経済・民間取引にまで相次いで報復措置を実施したり影響を及ぼした中国側の態度は、「怒ったらなんでもやる国」「法律ではなく、政治だけで動いている国」という印象を世界に強く残したでしょう。

韓国や台湾という関係が深い国は我が事に置き換えてビビっただろうし、それ以外のアジアの国も「中国はやっぱやばいかも」と再認識したでしょう。

欧米諸国には「アジアにおけるパートナー国として、中国は信頼できるのか? 日本を代替できるパートナーになり得るか」という問いが明確に突きつけられたはずです。


こういう目で見られることが外交上どれだけ損であるか、一般的には外交上手な中国にしてはあほみたいなことをしたよねー、と思います。

一方で日本は得をしています。「やっぱり中国ヤバイ」とみんなが思ってくれれば、アジアで信頼に足る国としての日本の存在感は相対的に浮上するのですから。

こういう事件があれば、欧米だって「アジアが中国のいいなりになってしまう状況より、日本と中国がお互いに牽制しあえるバランス」を求めるようになるでしょう。

ここのところ“日本パッシング”(日本無視)などと言われ始めていた流れを抑止する効果もあります。

たとえて言えば“ばば抜き”みたいなもんなんです。

「怖い国、無茶する国、ヤバイ国」というカードをずっともたされていた日本。なんとか手放したい邪魔なカード。今回、中国は自からそのカードを引き当ててくれました。


なので日本は「ほら、怖いでしょ、中国!」って言ってればいいんです。

今回のように中国となにかあった時に「怖っ」ってすぐに引き下がり、「いやー怖かった」と大げさにびびってみせ、相手の横暴さ、無茶かげんさを強調してればいいんじゃないかと思います。

国内で右翼の皆さんがやたらと元気になってしまっているのは、ややうるさいけれどもまあご愛敬。

世界中から警戒され不信の目でみられたらどんだけややこしいか、中国もこれからよくよく理解すればいいんじゃないでしょうか。



そんじゃーね。 


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