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雛見沢村民集会2配布小冊子

追加TIPS
2009年6月28日に開催された、雛見沢村民集会2で配布された小冊子の全文です。
誤字等は原文のママに書き出されたようですが、改行など書き出してくれた方の間違いもあるようです。
所持している方は修正してください。


うみねこのなく頃に
2009年6月28日 雛見沢村民集会2 頒布小冊子
07th Expansion

魔女達の七夕は甘くない

 もうすぐ、七夕。
 短冊に願い事を書いて笹の枝に吊るす、お馴染みの行事。
 その願いが叶うことは、なかなかないことだけれど、時に神霊や精霊、あるいは悪魔や魔女が、気まぐれに願い事を見つけ、叶えることもある……。

 右代宮真里亞は、学校で短冊を書くことになった。
 短冊はたくさんあったので、思いつく人は何枚書いてもいいことになっていた。
 みんなは、何枚も書くと最初は意気込んでいたが、案外、2〜3枚も書いてみると、お金持ちになりたいだの、○○になりたいなど、月並みなものばかりとなり、案外、自分には想像力がないことを、幼いながらに思い知るのだった。
 しかし、真里亞は他の子とは違い、願い事はたった1つで充分だと思っていた。

 “ママが、毎日帰って来ますように”

 楼座は仕事が多忙で、職場に泊り込むことが多い。
 それが働くということなのだと、幼いなりに理解はしているが、だからといって、寂しくないわけはない。
 だから、毎日、母が帰ってきてほしいという素朴な願いを、そのまま短冊に書き込んだ。

 ところで、短冊の願い事って、誰が叶えてくれるか、考えたことはあるだろうか…?
 七夕伝説にちなんで……、とか、日本古来の八百万の神々が……、とか、色々あるだろうが、実は全部違う。
 叶えるのは、その願い事を書いた人間にとって、もっとも身近な存在なのだ。
 いわゆる、守護霊であったり、ご先祖様であったり。そういう霊的な守護のない者の場合は、両親や近しい友人であったりする。
 そして真里亞にとっては、母よりも、魔女の方が、近しい存在だった。
 なので、真里亞が短冊に託した願いは、七夕の夜に彼女の夢の中で、ベアトが受け取り、読んでくれた……。

「……真里亞、真里亞。………妾の声が聞こえるか。」
「…………うん……? …あ、ベアトリーチェだ…! ベアトリーチェが真里亞の夢の中に来てくれた…!」
「うむ。そなたは今日、七夕の願い事を笹に吊るしたであろう? その願い事は、妾に届いたぞ。だからこうして、願い事を叶えに、そなたのところへやって来たのだ。」
「本当に?! ベアトリーチェありがとう!! うーうーうー!!」
「さてと、それでだな。そなたの願いの、“母が毎日帰ってくるように”、だが。……本当にこれで良いのか?」
「うん。それだけで嬉しい。」
「………うーむ……。」
 ベアトは腕組みをして唸り出す。まるで、その願いを叶えられず、どう断ろうか迷っているようにさえ見えた。
 出来ないことは何もないと信じているベアトが、そんな表情を見せるので、真里亞は不安になってしまう…。

「……うー。……ママが帰ってくるのは、難しい願いなの?」
「いや。はっきり言えば、お茶の子さいさい。そんなの全然難しくもない。だがな、真里亞。よく考えよ。……そなたは、ただママが帰ってくるだけでいいのか?」
「………?」
「妾が魔法にてその願いを叶えれば、明日より直ちに、母は毎日、帰宅するようになるだろう。……しかし、帰宅はするが、機嫌が良いとは限らぬぞ?」

 楼座は小さな会社の社長をしている。未だ軌道に乗らず、綱渡りのような経営を続ける日々だ。
 わずかの仕事にすがり付き、そこから少しずつ信頼を築き、業績を拡大しようと四苦八苦している。
 その楼座が、毎日、定時に帰宅できるようになる、というのは、あまり良い意味にはならない。

 現在の楼座の会社を、一夜にして業績安定をさせるには、楼座が願い事をする必要があり、どこの部分にどのような魔法を掛ければ良いのか、はっきりさせる必要がある。
 しかし、真里亞からの願いでは、楼座に魔法は届いても、楼座の会社には届かない。
 つまり、急に仕事がなくなり、
あるいは会社が潰れ、毎日、家にいられるようになる形で、願いを叶えてしまうことになる。
 それは、真里亞の望んだ願いではないはず。……だからベアトは、真里亞の本当の願いを聞きに、こうして夢の中にまでやって来たのだ。

「だから真里亞。本当の願いを聞こう。そなたの願いは、母がただ帰ってくることではあるまい?」
「……………うん。ママが毎日、帰ってくるだけじゃ、……だめ。」
「そうだ。その続きこそが、そなたの本当の願いなのだ。」

 ママが帰ってきて欲しいという願いは、真里亞の本当の願いの、最初でしかない。
 真に叶えたい願いとは、抽象的であってはならないのだ。
 本来、その願いは、どんな抽象的なものであっても、叶える存在が意地悪なら、そのまま叶えてしまう。
 しかしベアトは、真里亞の良き友人だったから、その意地悪をしなかった。
 真里亞の本当の願いは、それだけではないことを知っていたからだ。

「ママが帰ってきて、それから…?」
「ママはいつも早く帰ってきて、……真里亞と一緒に、お夕食の準備をするの。」
「それから…?」

「二人で楽しくお話しながら、ジャガイモの皮を剥いたり、お皿を並べたりするの。」
「それから…?」
「そして、二人でテレビ見ながら。面白い番組で楽しく笑いながら、おいしくご飯を食べるの。そしたらきっと楽しい。きっと幸せ……。」

 母に毎日帰ってきて欲しいだけではない。
 真里亞の思い描いた幸せは、さらにその後も、ずっと続いていた…。
 それは、想像するだけでもとても素敵な時間だった。
 二人で作って、二人でおしゃべりを楽しみながらの、二人での食事。
 真里亞は外食をねだったことなんて一度もない。……ただ、母と楽しい食卓を囲めれば良いだけなのだ。
 それは時折訪れる幸せだけれども、……真里亞はそれが毎日であってほしいと、そう願ったのだ。
 その夢の世界を垣間見、ベアトは微笑ましく笑う。
 真里亞は、どうかその願いを叶えてほしいと願うが、ベアトはくすりと笑い、また言った。

「それだけで良いのか…?」
「え……?」
「そなたのその夢は、幸せな晩餐だけを願うものではないはず。……その程度の願いでは、まだまだ聞いてやれぬ。楽しい晩餐を過ごし、まだまだその先を、そなたは真に願っているはず。」
「………………………。」

 当然だ。……楽しい親子の夕食は、その後の楽しい家族生活の、始まりに過ぎない。
 ママのために紅茶を淹れてあげる。
 二人で美味しく紅茶を飲みながら、テレビを見て楽しく過ごす。
 そしてお風呂を沸かしてあげて、二人でお風呂に入る。
 ママの大好きな、泡がいっぱい出るバスボムも入れあげよう。それで湯船の中でばしゃばしゃやって、もっといっぱい、泡を立ててあげるの。
 それからお休みのキスをして、明日の準備をして、眠る。

 ……そして、日が昇り、時間にしっかり起きて、お寝坊のママを起こしてあげる。
 おはよう、さくたろ。うん、わかってる。ママのためにジュースを持ってくよ。
 よく冷やしたオリジナルブレンドの野菜ジュースを、よく冷やしたコップで持っていってあげる。起きてすぐにこれを飲むと、頭がしゃっきりして、ママは朝からニコニコ。

 トースターにパンを入れて、バラのジャムを塗ってあげる。
 そして朝刊を持ってきて、ママの席に置いてあげる。
 じゃあ、行ってくるね、さくたろ。
 そんな朝から一日が始まるから、私は学校でもずっと幸せが続いてる。
 学校も楽しいし、うさぎの鼓笛隊のみんなも、ずっとご機嫌。ポケットの中でわいわい賑やか。

 だからきっとママも、会社でいっぱいお仕事がはかどるに違いない。
 だからきっとママも、お家に上機嫌で帰ってきてくれるに違いない。
 だからきっと私達も、いつまでもいつまでも毎日、幸せに違いない。

「………………………………。」
 単調な電子音が、ずっとずっと聞こえている。
 それは、目覚まし時計のアラームの音。
 ……そうだ。……私はずっと、夢を見ていたのだ。

“ママが、毎日帰って来ますように”
 そう書いた短冊を吊るした、小さな笹が、私の枕元にある。
 だからこんな、不思議な夢を見たのだろうか。
 ……六軒島からベアトリーチェが来てくれて、……ママが毎日帰ってくるだけの望みを、どんどんいっぱいに、無限大に膨らませていって、……この短冊に願いを書いた時には、まったく見えていなかった世界を、くっきりと描き出してくれた。
 いや、私は確かについさっきまで、その世界にいたのだ。
 ベアトリーチェがきっと、不思議な魔法で、束の間の間だけ、私の願いを叶えてくれたの違いないのだ……。
 毎日帰って来てさえくれればいい。…そんな、諦めがちな控えめな願いが、無限に、広がる。
 だからベアトリーチェは、無限の魔女。
 ……そして、彼女が見せてくれた夢が魔法によるものならば、……魔女見習いである自分にだって、きっと出来るはず。
 あの幸せな夢を、アラームで呼び戻されてしまうような儚いものでなく、本当のものに出来るはずなのだ。
 真里亞は、その魔法を現実のものにするにはどうすればいいか、魔女見習いとして知っていた。

「…………うー。……信じること。」

 そう。魔法は信じることで、力を宿す。
 だから真里亞は、あれが夢ではなく、現実に出来ることだと、強く信じる。
 ……あの幸せな朝の私は、まず何をしたっけ。
 そうだ。まずはママを起こしてあげよう。
 よく冷やしたコップで、野菜ジュースを持っていってあげよう。

 真里亞はベッドを抜け出し、台所へ向かう。
 幸せな朝が始まり、それが幸せな一日、そして幸せな明日へ繋がっていくことを、母に伝えたくて。
「ありがとう、ベアトリーチェ。……七夕の願い事、叶えてくれて、ありがとう。」

 ――おしまい。

「……何よこれ。結局、ベアトは何も叶えてないじゃない。」
 ベルンカステルが、小馬鹿にするように肩を竦める。
 ほのぼのとした良いお話だったと、ほくほくしていたラムダデルタは、水を差すような発言に、カチーンと来る。
 ベアトリーチェは、わかっておらぬな、と注釈する。

「そんなことはないぞ。真里亞の望んだ世界のカケラを紡ぎ、そこへ至る鍵を与えた。あとは真里亞がそれを使って扉を開くだけだ。」
「仮にそれで幸せになれたとしても。……それを叶えたのは真里亞自身であって、あなたじゃないわ。」
「ベルンは相変わらずひねくれてるわねぇ。願いってのはね、叶えようとする意思の強さがないと、叶えようがないのよ。」
「………それだけ意思が強い人間なら、魔女が叶えなくても、やがて自分で勝手に叶えるわ。魔女の出番なんてない。」

「意思弱き願いなど、叶える気にもならぬではないか。」
「まったくよ。絶対の意思にこそ、絶対の未来が宿るのよ。その意思の強さに惚れて、私たちは思わず力を貸しちゃうわけでしょ?」
「うむうむ、まったく。思わず力を貸したくなるような、豪快な願いでなくては、面白味もないというものよ。」
「ベルンは人の努力とか願いの強さとか、そういうものをちょっと蔑ろにし過ぎー。」
 ベアトとラムダは、ベルンはわかってない云々と嘆きあう。
「………ふぅん。ならラムダなら、どんな感じで願い事を叶えてあげるわけ? あんたにも、七夕に誰かの願いを叶えた経験が……?」
「ほう。如何か、ラムダデルタ卿。ニンゲンに慕われることも多いそなたなら、願いの叶え方も、なかなか堂に入っていそうなものだが。」
「私? 私はシンプルよ。せいぜいしっかり頑張りなさいと、等しく公平に応援するだけよ。」

 ラムダデルタは絶対の魔女。最後まで成し遂げようとする、絶対の意思を尊ぶ。
 無邪気と残酷を併せ持ちながらも、人の情に脆い一面もあるのだ。

「私への願い事で一番多いのは、“大金持ちになりたい”とか、“出世したい”とか、“現在の地位を磐石にしたい”とか、そんなのばっかりだわ。」
「先ほど、そなたは等しく公平に応援すると言ったが、その図々しい願いを全て叶えるのか…?」
「まさか。全部等しく叶えないわ。でもその代わり、その願いを実現するまで、努力を怠らない子を、私は等しく最後まで見守るわ。」

 “大金持ちになりたい”と願い、そのための努力を何もしない人間に、ラムダが微笑むことは決してない。
 そして、大金持ちになるために、一度きりの挑戦をした者に、成功を与えることも決してない。
 ラムダデルタが与えるのは、願いの成就ではなく、……達成までの、力。

「“大金持ちになりたい”って願いはね、実は誰でも叶えられるのよ? もちろん、然るべき努力でね。私はその努力の結実を保証するの。」
「………ただし、それが叶うのに必要な努力の量を、あんたは保証してないわね?」
「くっくっく。なるほど。努力の結果を、いつか叶えはするが、それがいつとは約束しないわけか。なかなか意地の悪い御仁よ。」
「そう? いつか必ず叶うことの保証って、どれだけ尊い価値があると思って? ……私はね、努力をする人が好き。その為に全てを投げ出し、終わらぬ苦行に身を投じれる人が好きなの。」

 ラムダデルタに願いを捧げた人々は、それがいつか叶うと強く信じなければならない。
 その心の強さがなければ、ラムダデルタには届かず、また、絶対の魔法に力が宿ることもない。
 そして、絶対に諦めず、努力を忘れない人々にとって。他力本願な願いの実現は、彼らの努力に対する冒涜でしかない。
 だからラムダデルタは、彼らの尊い努力を、決して汚さない。
 絶対の意思が、絶対の未来を紡ぎ出すことを、ただそれだけを示し、約束するのだ。
 そして、それだけで彼らには充分なのだ。
 そして彼女は必ず願いを叶えるだろう。どのような願いであっても。必ずいつか。
 それがひとりの少女の、神になりたいという願いでさえ……。

「ふぅむ。それが絶対の魔法か。我が無限の魔法に勝るとも劣らぬ、見事な力よ。」
「勝りまくりでしょーが…! あんたはグー。私はパー!! それどころか、二回転のひねりまで入った超パーなんだからぁ!」
「………二回転ってことは、クルクルってわけね。……あんたにぴったりよ。」
「でしょう?! おっほっほっほっほ!」
 ラムダだけは意味がわからず、3人の魔女はけらけらと笑い合う…。

「ベルンカステル卿など、奇跡を司る魔女ではないか。そなたに願いを叶えてもらいたいニンゲンなど、星の数ほどもおりそうなものだがな。」
「奇跡だもんねぇ。……叶うはずのないものが叶う。…野心は人一倍のくせに、努力を嫌う下賤どもが好みそうだわ。でも駄目よ! 素敵なベルンには、そんな汚らわしい願い事なんて相応しくないもん。そんな連中の願い事に見向きするくらいなら、私の願い事から叶えなさいよぅ、ベルン〜!!」
「………暑苦しいわね、離しなさいよ。奇跡はね、起きないから奇跡って言うのよ。……私が願いを叶えるなんて甘いことをすること自体が、奇跡。」
「魔女に人の情など茶菓にもならぬが…。そなたには、一欠けらもないようであるな。」
「……残虐で名を轟かすあんたに言われたくないわ。」
「くっくくくくく、わっはははははははは! それを言われては敵わぬな。妾も柄に無く甘やかし過ぎたか。」
「ベアトは真里亞にやたらと甘いからね。その甘さを、もう少し真里亞以外にも分配するといいわよ。まるで、沈殿しちゃったお砂糖みたい。」
「………まったくだわ。ベアトだけじゃない。ラムダも。今日のあんたたちは少し甘さが過ぎるわ。……コーヒーには砂糖よりも梅干が似合うというのに。」
「ベルン。せっかくの七夕よ? あんたもひとつくらい、願いを叶えて来なさいよ。」
「嫌よ。」

 ベルンは呆れた顔を見せると、ぷいっと姿を消す。
 彼女は、千年を経る過程で、人の心が欠けてしまっている。……甘い話や温かい話は苦手なのだ。
 ベアトは、やはり魔女はそうあらねばなと冷酷に笑う。
 その表情に、もはや真里亞の幸せを紡いだ温かさはなかった……。

 ……七夕だから、私もひとつくらい願いを叶えろ?
 ふん。
 私は魔女。奇跡を司る魔女。
 ……どんな努力も、幸運も、情熱も団結も、……その果てには奇跡など待っていないと知っている。
 奇跡など決して起きないと知っているからこそ、私は奇跡の魔女なのだ。
 その私が、誰の奇跡を願うと……?
 何が七夕よ。あいつら、少し浮かれ過ぎだわ。
 幸せな夢を無限大に?
 必ず結実する努力…?
 甘ったるくて、舌が馬鹿になるわ。……あぁ、気持ち悪い。
 それはあなたも同じでしょう?
 だから。
 私が、本当に魔女らしい願いの叶え方を見せてあげる。
 あなただってきっと、そういうのを期待しているのだから。

 小さな縁寿は、小学校でもらった小さな短冊に、……“家族が帰って来ますように”と書いて、小さな笹に吊るし、それをベッドの柱に括りつけた。
 そして、それに拍手を打って、きっと叶いますようにとさらに願いをかける…。
 その一生懸命な願いと、幻想が地続きとなるまどろみの世界で、ベルンは姿を現す。

「…………こんにちは、縁寿。それがあなたの願い?」
「う、…うん。………あなたは………誰……?」
「名乗らないわ。ここは引いて消える潮のような、まどろみの世界。………私の名を聞いたところで、あなたの記憶には残らない。」
「……………………。」
「それで、あなたの願いだけれど。………私が奇跡を起こして、それを叶えてあげてもいいわ。」
「………本当…? 本当に…?!」
「えぇ。本当よ。……でも、魔法は、あなたがそれを強く願って、努力しなくちゃ叶わないの。……そういうもんだそうよ。ラムダが言うには。面倒臭いわね。」
 縁寿は、夢の世界に突然現れた魔女の、願いを叶えるという言葉に、驚きを隠せない。
 しかし、その魔女は、奇跡の代償に、何かを求めそうな気配だった。
 ……でも、家族が帰って来てくれるのなら、縁寿はどんな苦難であっても受け入れようと思った。

「何でも努力しますから、魔女様。私の願いを聞き届けて下さい…!」
「……わかったわ。私の言うことを、一日も欠かさずに続けることが出来て。本当にその願いを叶えたいという気持ちが天に届いたなら。……その時、私は必ずあなたのところに再び訪れて、その願いを叶えてあげるわ。」

 もっとも、それが1年先のことか、5年先のことか、あるいは10年以上先のことかわからないけれどね。
 その辺、ラムダと同じだからいいでしょ、別に。……最後には必ず叶えてあげるんだから、別に意地悪じゃないし。くすくすくす……。

「それで魔女様。……私は、何を努力すればいいんですか……?」
「あなたは今日。仮の親である、右代宮絵羽に、母の代わりだと思って、何でも頼っていいと言われたでしょう…?」
「は、……はい。」

 絵羽は縁寿に今日。……そう言った。
 自分たちは伯母と姪の関係だけれども。私は子を失い、あなたは親を失った関係だけれども。
 そして、どうお互いを騙そうとも、お互いを失った子と親の変わりには出来ないけれど。
 それでも、私はあなたは我が子だと思うから。
 あなたも、……もしもそれを許せるなら、私を母の代わりだと思って、何でも頼って欲しい。
 そう絵羽は言い、縁寿を抱き締めてくれたのだ。
 幼い縁寿にとって、母は母で、断じて絵羽ではない。……しかし、その言葉の意味と、悲しいまでの慈しみを、理解はしていた。
 しかし、それを受け入れるには、幼さ相応に、もうしばらくの時間が必要だった……。

「はい。……絵羽伯母さんは確かにそう言いました。」
「もし。あなたが心の底から、本当の母の帰りを願うなら。……その母の席を、他の人間に勝手に座らせては駄目。母の席が失われたなら、永遠に本当の母が帰ることはないわ。」
「…………………………。」
 それは、幼い縁寿にとって、あまりに道理だった。
 母でない人を母だと認めたら。本当の母が帰ってきた時、帰る場所がなくなってしまう……。

「……ね? 本当の母のために、大切なことでしょう…?」
「は、……はい。魔女様。……絵羽伯母さんは絵羽伯母さんです。絶対にお母さんとは呼びません。お母さんとは思いません。」
「えぇ。……そして、絵羽はこうも言ったわね?」

 私たちは未だに、心の傷を忘れることは出来ず、未だにお互い、笑顔を忘れている。
 でもきっとそれを、私の子も、あなたの親も、悲しんでると思うの。
 ……私たちは少しずつ、笑顔を思い出していってもいいんじゃないかしら。
 もちろん、私たちには急には出来ない。
 忘れてしまった笑顔を、少しずつ思い出していかなくちゃ。
 だから、……私も今日から、がんばって笑顔の練習をしてみることにしたの。
 ……………………。……変、…かな。
 もし縁寿ちゃんも、……笑顔を思い出せそうになったら。………私にも見せてね。
 そしたら私たちはもっと、笑顔を思い出せそうな気がするから。

「はい。……絵羽伯母さんは確かにそう言いました。」
「あなたにとって、家族が帰って来て欲しい願いが、天にも届くほどに悲痛であるならば。……あなたはその日まで笑顔を見せては駄目よ。」
「笑顔を、……見せては、………駄目。」
「えぇ、そうよ。……私はあなたを見守ってるわ。もしもあなたが笑顔を浮かべるようなことが一度でもあったなら。……もう家族なんて帰って来なくてもいいという気持ちの表れだと受け取って。永遠に帰ってくる奇跡など起こさないと約束してあげるわ。」
「……い、……嫌ですッ。絶対に笑いません…! お父さんとお母さんとお兄ちゃんが帰ってくるまで、縁寿は絶対に笑いません…!」

「幸せを感じても駄目。喜びを感じても駄目。………家族を失った嘆きを、永遠に忘れては駄目よ。……そしてそれを忘れさせようとしたり、誤魔化そうとしたりする悪魔から、自らを遠ざけなさい。………右代宮絵羽は、甘い言葉であなたのその意思を挫こうと何度も試みるでしょう。でも、それを決して聞いては駄目よ…? 絵羽は、あなたから家族を永遠に奪おうとする悪魔なのよ。くすくすくすくす。いや実際、奪ッタワケダケド。」
「く、挫けたりしません…! 願いが叶うまで、絶対に絵羽伯母さんの言うことは聞きませんから…!! だから願いを叶えて下さい、魔女様…!!」
「えぇ。それをしっかりずっと永遠に守り続けることが出来たなら。……最後の時。私は必ずあなたの前に現れ、願いを叶えてあげるわ。……大丈夫よ。私はあなたのその高潔な意思を、決して蔑ろにしない。…………くすくすくすくすくすくす。」

 次の朝。
 右代宮縁寿は、絵羽にきっぱりと告げる。
 それは、……家族が帰って来る奇跡のための、魔法の言葉。
 そして残酷な魔女が言わせた、呪いの言葉だった。
 その言葉はその日より、……縁寿と絵羽の笑顔を、永遠に奪うのだ……。

「……魔女には。こんな七夕の方が素敵じゃない? …………くすくすくす。あっはははははははははははははは。………あぁ、退屈しないわ。もうしばらく程度にはね。」

 こんなカケラもあるわけだけど、……いかが?
 こんな悪趣味な物語を愛するあなたたちなら、このくらい苦めの方が、好きよねぇ…?

 これでいい? ベアト?
 実に私の役らしい物語にしてみたけれど。

魔女たちの七夕は甘くなく
<おしまい>

07th Expansion Presents
うみねこのなく頃に
魔女達の七夕は甘くない