日本でも周波数オークションの導入に向けた本格的な議論が始まることになった。総務省の政務三役は2010年12月14日に開催されたICTタスクフォースの政策決定プラットフォームにて、第4世代移動通信システム(4G)を対象に、周波数オークションの導入について議論を進める方針を打ち出したからだ。さらに2012年以降にも利用可能になる700M/900MHz帯の再編についても、「移行コスト負担に関し、オークションの考え方を取り入れた制度を創設するため、関係法律の改正案を次期通常国会に提出する」とした。

 これまで日本で周波数オークションは「価格が高騰し、サービスの普及に悪影響がある」として導入が退けられてきた。長年周波数オークションについて様々な提言をしている大阪大学・大阪学院大学経済学部の鬼木甫名誉教授は「OECD諸国のほとんどが周波数オークションを採用している。それなのに日本は頑なに拒んできて、極端なガラパゴス状態になっている。どうして日本と海外はこんなに状況が違うのか」と指摘する。

 それもそのはず、日本ではオークション導入を真剣に推進する関係者がこれまで皆無だったからだ。携帯電話事業者にとってみれば、タダ同然でもらえる周波数帯に対し、場合によっては数千億円の費用を支払わなければならなくなる。積極的に賛成する理由は無い。周波数帯の割り当ての許認可権を持つ総務省にとっても一部の権益を奪われる形になり、推進する動機は見えない。ユーザーにとっても、事業者が支払うオークション落札額がサービス料金の高騰につながる可能性があるとすれば、諸手を挙げて賛成ということにはならないだろう。そのためオークション推進派といえるのは、一部の学術関係者にとどまっていた。

 今回、日本でも政治主導という形によって、ようやく重い腰が上げられた格好だ。ただ前述のようにオークションに積極的な関係者が少ない中で、この先の状況が二転三転する可能性もある。実際、総務省による揺り戻しの動きを警戒する与党関係者もいる。

 実は巷でささやかれるオークションに対する諸説には誤解も多くみられ、日本ではオークションへの理解が絶対的に不足しているという事実がある。例えば実際にオークションの事例や制度設計の詳細を調べていくと、「価格が高騰した例は英国やドイツの3Gライセンス時などわずかしかない」(東洋大学の山田肇教授)。またオークションの設計次第では、マーケットのデザインへとつながる、強力な政策手段ともなる。

 日本では、これまでのようにオークションを頑なに拒み思考停止に陥るのではなく、まずはオークションに対する理解を深めることが重要ではないか。そして現在の周波数帯の割り当てのメカニズムには、実は間接的に弊害もあることを知っておく必要がある。その上で国民が納得した上で手段を選択することが、将来に禍根を残さない、日本でよりよいオークション制度を設計する近道になる。

総務省の強大な許認可権が「間接的に産業の競争力を阻害」

写真1●1月31日に慶應義塾大学で開催されたシンポジウム「電波オークション制度の具体像」の様子
写真1●1月31日に慶應義塾大学で開催されたシンポジウム「電波オークション制度の具体像」の様子
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 そんなオークションの実際についてを知る、絶好の機会が2011年1月31日に訪れた。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科の金正勲准教授を中心に、大阪大学・大阪学院大学経済学部の鬼木甫名誉教授、東洋大学経済学部の山田肇教授、アゴラブックスの代表取締役で上武大学大学院経営情報学部の池田信夫教授、A.T.カーニーの吉川尚宏プリンシパル、民主党の岸本周平衆議院議員らオークション推進派が一同に介した「電波オークション制度の具体像」というシンポジウムだ(写真1)。ここでは、オークションのメリットから課題、そして制度設計の最新の状況などを一通り理解することができた。

 関係する事業者からはデメリットばかりが強調される周波数オークションだが、まずオークションのメリットとして「周波数割り当て手続きの透明性」「新規参入による競争促進」「歳入増の効果」、そして「産業競争力の向上」という点が挙げられた。

 「周波数割り当て手続きの透明性」については、オークション制度は金額の多寡によって勝ち負けがはっきりし、選定理由が明確になるメリットがある。それに対し現在の日本では、一つの枠に対して複数の事業者の希望が重なった場合は、比較審査という選定プロセスを取る。最近では2010年の秋に携帯端末向けマルチメディア放送のハード枠に対して、比較審査によって事業者が選定された。ここで分かったことは、どんなに審査に時間をかけても落選した事業者からどうしても不満が出るということだ。選定にかかる手間が大きいというデメリットもある。

 「新規参入による競争促進」とは、例えば、ある周波数枠には新規参入事業者を優先する条件などを付ければ、競争促進の効果も期待できるといったことである。ほかにも、オープン・デバイスの受け入れを条件としたり、MVNO(仮想移動体通信事業者)への貸し出しを優遇するような条件を付ければ、望んだ方向へとマーケットの道筋を付けることができる。「オークションは規模の大きな事業者が有利になる」というよく指摘される課題は実は誤解であり、オークションの設計次第で大きな可能性があるわけだ。

 「歳入増の効果」については、場合によっては数千億円以上の歳入が見込める。事業仕分けで数億円単位の予算が削られる中で、その効果は大きい。価格が高騰し過ぎることへの懸念もあるが、「オークションの制度設計によってある程度コントロール可能」(A.T.カーニーの吉川尚宏プリンシパル)という。例えば、土地の公示価格のように何らかの手法を用いて周波数帯の参考価格を提示すれば、「その値が基準となる」(同)。

 そして最後の「産業競争力の向上」については、まず現状の電波行政の見えづらい弊害を知る必要がある。東洋大の山田教授は「日本では総務省があらかじめ電波の利用目的などを決めるため、企業の研究開発もその枠組みの中でしか動かない。企業は総務省の判断を待ってからしか動かず、新たなイノベーションが生まれにくい構図になっている」と指摘する。総務省が持つ電波についての強大な許認可権が、日本の産業の発想力を狭めてしまい、産業競争力を阻害しているというのだ。池田教授も「このような構図が、日本全体にネガティブな波及を与えている」と指摘する。オークション制度を導入することで、これまでの総務省中心の電波行政がより市場に開かれた形になり、事前に予想すらしかなった新しい技術やプレーヤーが登場する可能性が出てくるというわけだ。

 もちろんオークション導入に向けては整理しなければならない項目も多い。最大の課題は、オークションはある種の所得の移転問題であり、その整理が必要になる点だ。オークションの落札額は事業者が支払い、その金額はその事業者が提供するサービスを通して、ユーザーから徴収される形になる。ユーザーを出所とする落札額を、最終的にどんな目的に利用するのか。電波の管理か、それとも子ども手当など福祉に役立てるのか、地方に還元するのか。国民の総意が必要になるだろう。そのためにも、もっとオークションに関心を抱くことが求められる。