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国立がん研究センターが緊急会見、「東京は放射線被曝を心配する段階ではない」

2011/03/29
(小崎丈太郎=日経メディカルCancerReview)

 国立がん研究センター理事長の嘉山孝正氏と同中央病院と研究所の幹部7名が3月28日に緊急記者会見を開き、今般社会不安の様相を呈している福島第一原発による放射線被曝の問題について、エビデンスに基づいた見解を表明した。嘉山氏らは、2008年に国連科学委員会(IAEA)が公表した「チェルブイリ事故の放射線の影響に関する報告」を引用しながら、現状までに東京が被曝した線量は、懸念する段階になく、飲料水や食料などの買占め行為は無用との見解を示した。

 嘉山氏らは、記者会見の最後に以下のような7項目から見解と提案を示した(原文ママ)。

1.現時点の放射性物質による健康被害については、チェルノブイリ事故等のこれまでのエビデンスから、原子炉において作業を行っている方々を除けば、ほとんど問題がないといえる。

2.現在、暫定的に決められている飲食物の摂取制限の指標については、十分すぎるほど安全といえるレベルである。

3.放射性物質に汚染されたと考えられる飲食物については、放射線物質の半減期を考えれば、保存の方法を工夫すれば、十分に利用が可能である。

4.放射線量については、定点でかつ定期的に測定し、放射性物質の種類(ヨウ素-131、セシウム-134等)を、定期的に発表を行うことで、国民の方々が安全であることを理解し、安心が得られると考えられる。

5.今回の問題となっている原子炉について、当該原子炉から放射性物質が含まれるちり等が拡散しないよう、いち早くの対応をお願いしたい。

6.原子炉での作業が予定されるなど、被ばくの可能性がある方々については、造血機能の低下のリスクがあるため、事前に自己末梢血幹細胞を保存しておくことを提案する。

7.今後、国立がん研究センターでは、長期にわたる放射線の発がんへの影響について、臨床面と研究面から注意深く追跡を行って参ります。

チェルノブイリ事故の被害はスタッフなどに限定的

 チェルノブイリ原発事故については、中央病院放射線科長の伊丹純氏によると、急性放射線症候群は原子炉スタッフと緊急対処従事者134名にのみ見られ、28名が死亡した。また生存者のうち19名がその後死亡したが、心理的なストレスなど放射線被曝を直接的な死因とした死亡はなかった。緊急対処者以外に数十万人が原子炉の封じ込め作業に従事したが、白血病と白内障の罹患率の上昇の可能性があるが、そのほかの健康障害は見られていないという。

 最も懸念されるのが、ヨウ素131の取り込みによる甲状腺癌だが、発病は6000名を数えたが、比較的良性の分化癌が多く、2005年時点での死亡は15名に留まった。20年の追跡結果からは、青少年期の放射性ヨウ素への曝露と大線量を浴びた緊急作業者の健康問題を除けば、大部分の人口において重篤な健康問題の恐れに生きる必要がないと判断される。

発がんモニタリングにがん登録制度を利用すべき

 がん対策情報センターがん情報・統計部の祖父江友孝氏は、広島・長崎の原爆被爆者を対象とした追跡調査の結果から「200mSv以上の被曝線量で、線量の増加と発がんリスクの増加が直線的な比例関係にあり、成人が1000mSvを一度に被曝すると、全固形がんの発がんリスクは1.6倍に増加するが、これは非喫煙者に対する喫煙者のリスクの増加と同程度で、現時点で住民が受けたと考えられる被曝による影響はそれよりはるかに低い」と述べた。より放射線感受性が高い白血病の発がんリスクは4.4倍となる。

 200mSv以下の放射線量では、発がんリスクの増加は確認されていない。仮にこのレベルで線量と発がんリスクが直線的に比例して増加すると仮定すると、100mSvではリスク比は1.06倍となるという。また広島や長崎の被爆では放射線を瞬時の浴びているのに対して、曝露が長期に分散して行われる場合には、細胞や遺伝子の修復機能が働くために、同じ累積線量による発がんリスクは低くなるという。

 祖父江氏は、「今後は放射線レベルのモニタリングに加え、がん発生率が増加しないかをモニタリングする仕組みが必要であり、地域がん登録の仕組みを利用していくべき」との考えを示した。

都内の飲料水、野菜は現在のところ安全

 都内の食品、飲料水の放射線量についても現在のところ、健康被害に結びつかないとの見解を示している。放射性線量には現在ベクレル(Bq)とmSvとが使われているが、問題となっているヨウ素-131、セシウム-134については線量換算係数がある。

 ヨウ素-131  (Bq/kg)×0.000022mSv/kg 
※1歳以下の乳幼児の場合は×0.00018mSv/kg

 セシウム-134 (Bq/kg)×0.000019mSv/kg

問題にならない年間被曝量は一般人の場合は3.4mSv。また経口摂取による内部被曝量は預託実効線量(mSv)で計算し、摂取された放射線物質が成人50年、小児70年の間に組織。臓器に与える実効線量の総和とIAEA、国際放射線防護委員会(ICRP)が定めている。

 金町浄水場で3月22日に検出されたヨウ素-131の210Bq/kgをもとに成人の線量換算をすると210Bq×0.000022 =0.00462mSv/kgとなり、約216リットルを飲んで1mSvとなる。また関東近県の葉菜では4300Bq/kgが検出されているが、4300Bq/kg×0.000022=0.0946mSv/kgとなる。この葉菜を食べて1mSvとするためには、約10kgを摂取する必要がある。

 一方で、ヨウ素-131の乳幼児の換算係数は成人に比べ一桁多く、現在のレベルでも注意する必要があるといえる。

原子炉スタッフらには自己末梢血幹細胞保存を

 現在の被曝レベルでは健康障害に繋がらないと嘉山氏らは強調するが、原子炉で実際に作業する職員については、話は別だ。被曝の程度によっては骨髄の造血機能が損傷を受ける可能性もある。そこで、そのような作業員の造血機能を増加させる手立てとして予め、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を皮下注射して増やした末梢血幹細胞を分離して、保存する処置を提唱した。もし、造血機能の損傷が生じた場合は、幹細胞移植によって機能の回復を図ろうという作戦だ。

 ただし、皮膚や腸管の不可逆的な変化が起きるような高線量の被曝を受けた場合は、造血幹細胞移殖を行っても救命は困難だという。

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