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ひぐらしのつどい4頒布小冊子

追加TIPS

2010年5月4日に開催された、「ひぐらしのなく頃に」中心 同人誌即売会「ひぐらしのつどい4」で頒布された小冊子の抜粋です。
改行・誤字・頁など原文なるべくそのままにしました。


うみねこのなく頃に
さくたろう、煉獄山へ
2010年5月4日ひぐらしのつどい4頒布小冊子

07th Expansion


 僕は、いつからここにいるんだろう。
 まどろみから目覚めたのとは、ちょっと違う。
 そこは温かい布団の中でも、ぬいぐるみを入れる篭の中でもなかったから。


 そこは荒涼とした、岩山の麓に見えました。
 草も生えていない、剥き出しの岩肌。
 木はあっても、枯れ果て、一枚の葉さえつけていませんでした。


 ……僕は誰? ……ここはどこ?


「あなたは、真里亞が大切にしていた、ライオンのぬいぐるみ、さくたろうですよ。」

 その声に、僕は全てを思い出しました。

 そうだ。僕はライオンのぬいぐるみのさくたろう。

 どうして僕は、こんなところに?
 真里亞はどこ?


 それらを次々と思い出すうちに、自分の最期の記憶を思い出し、ここがどういうところなの
かを、自然と察しました。


「この山は、煉獄山。あなたは今、煉獄山の麓にいるのです。」

 彼女はワルギリア。僕に魂を与えてくれた魔女の一人です。

「魔女さん。僕は真里亞のところへ帰りたいです。帰らなかったら、真里亞がきっと泣き止みま
せん。どうやったら帰ることが出来ますか?」
「この山の天辺に至れば、帰ることは出来るでしょう。ただし、それはとても大変な試練です。」
「その試練に耐えられたら、僕は真里亞のところへ帰れますか…?」

「帰れます。……ですが、それはあまりに大変なことですよ。」
「うりゅ。真里亞のところに帰れるなら、僕は何でもがんばります。」

 ワルギリアは、煉獄山の試練がどれほど恐ろしいかを語りましたが、僕はへっちゃら。
 真里亞のところへ帰る道が、それしかないというのなら、僕にその道を辿らぬ理由はないの
ですから。

 僕は、握り拳と、綿と布と縫い目をぎゅっと握り締めて、煉獄山を登り始めました。


「ここは第一冠。高慢の罪を浄める場所です。御覧なさい。ここでは、生前に高慢の罪を犯した
者たちが、重い石を背負って歩き続けなければなりません。」

 ワルギリアが教えてくれました。
 すると煉獄山の鬼が僕を見つけ、言いました。

「お前には高慢の罪がある。その罪を浄めなければ、上へは行かせん。」
「うりゅ…。僕にはどんな高慢の罪があるのですか…?」

「お前は、真里亞には自分がいなくては駄目だと決め付けている。ぬいぐるみの分際で、とん
だ思い上がりだ。お前には高慢の罪がある。さぁここで、よいというまで、岩を背負い続けるが
いい。」

 僕は最初、多分、小一時間もやれば許してもらえるだろうと思っていました。
 でも、ここはそんな生易しいところではないようでした。

 わかってます。

 僕は、死んでしまったのです。
 それが、生き返ろうというのですから、簡単なことで許されるわけはないのです。

「うりゅ。わかりました。鬼さんがいいというまで、がんばります。」

 僕のサイズに合わせた重い岩、……いいえ、石が与えられました。

 こんなものを担いだら、土埃で汚れてしまう…。
 でも、真里亞のために、一刻も早く帰らなくてはなりません。


僕はその大きな石を担ぎ上げ、……大勢の亡者たちと一緒に、いつまでもぐるぐると、煉獄山
の第一冠を回り続けました。

 ……僕は、真里亞のために帰らなければならないのでしょうか。

 きっと、それは違います。
 僕が、真里亞のところへ帰りたいのです。

「……それを、鬼さんに怒られてしまったんだね…。……がんばろう……。」

 来る日も来る日も、……休む間もなく、僕は岩を担いで、ぐるぐると歩き続けました……。

「さくたろう、よくぞ頑張った。お前の高慢の罪は浄められたぞ。」
「……鬼さん、ありがとうございます。上へ登ってもいいですか?」
「うむ。」

「良かったですね、さくたろう。さぁ、上へ登りましょう。」

 ワルギリアはずっと、僕の試練が終わるのを待っててくれたのです。

 それも、2年間も。

 僕は、水で洗ったくらいでは落ちないくらいに土埃で汚れ、……黄色いライオンというより、
茶色いクマのようになっていました。

「真里亞は、僕がちょっと汚れてるくらいで嫌いになったりしないよ。さぁ、上へ登ろう。」


「ここは第二冠。嫉妬者が目蓋を縫い止められて歩き続けなければならないところです。」

 僕はまたしても、鬼さんに呼び止められました。

「お前は、真里亞とその母親の関係に、いつも嫉妬していただろう。その罪を浄めるまで、上へ
登ることは許さん。」

 ……確かにそうかもしれません。

 やさしいママと真里亞が楽しくテレビを見ている時、僕は真里亞の膝の上にいましたが、真
里亞がママとばかり話をしているのに、一度も嫉妬しなかったとは言えません。

「……うりゅ。それも僕の罪です。……ここの試練もがんばります。」
「うむ? お前はぬいぐるみだから、目蓋がないではないか。ではこうしよう。お前の両目の黒
い布を千切ってしまおう。」

「…………あ…、」

 真里亞が、可愛い目と褒めてくれた僕の両目が、……あっという間に引き千切られてしまい
ました。

 千切られた穴から、中身の綿が飛びだしてしまいそうになります。


 綿は大事。これがなくなったら、ふかふかじゃなくなって、真里亞を喜ばせてあげられなくな
ります。

 ぎゅっぎゅっと、両手で押し込み、……僕はよろよろと、岩肌を這いながら、新たな試練に挑
みました。


 第二冠の試練も、2年を掛けました。

「よく耐えた。お前の嫉妬の罪は浄められたぞ。さぁ、お前の目を返してやろう。」

 鬼さんは、僕から千切った、目の黒い布を返してくれて、ちくちくと縫ってくれました。
 ……ちょっとヘタクソ。僕の顔は、何だかずいぶんと変になっていました。

 そして、ずっとずっと這い回っていたので、お腹の白い布が真っ黒で擦り切れそうになって
いました。

 でも、僕はがんばります。

 絶対、真里亞のところへ帰るんだ。うりゅ。


「ここは第三冠。憤怒の罪を浄めるところです。」
「お前はぬいぐるみの分際で、真里亞と楼座親子の関係を憤怒したであろう。その罪を浄める
まで、上へ登ることは許さん。」

「ここは第四冠。怠惰の罪を浄めるところです。」
「お前は真里亞と楽しく日々を過ごし、真里亞の自立し、勉強する機会を奪い、怠惰に引き擦り
込んだ。その罪を浄めるまで、上へ登ることは許さん。」

 それらの試練でも、また長い歳月をかけました……。

 第三冠では、ものすごい煙の中で、ゴホゴホと咽びながら、お祈りをずっとずっとさせられま
した。

 ずっと煙で燻されていたので、すっかり煙臭くなってしまいました。もう臭いが落ちません。
 ……真里亞は煙草の臭いが嫌いだったから、ちょっと悲しいです。


 第四冠では、ずっとずっとぐるぐると、山の回りを走り続けさせられました。

 鬼さんが恐ろしい唸り声をあげながら追い回してくるので、とてもとても恐ろしかったです。

 あちこちの岩肌に布を引っ掛け、綿が千切れて。

 ここの罪が浄められたと告げられた時には、いつの間にか僕の右手は千切れてなくなって
いました…。


「ここは第五冠。貪欲の罪を浄めるところです。」
「……僕は、真里亞に誰よりも、そしていつまでも、……昨日までよりも愛されたいと常に願っ
てきました。……それが、貪欲の罪になるかもしれません。」
「うむ、わかっているようだな。ここでは地に伏して、その罪を悔い改めるのだ。」

「ここは第六冠。暴食の罪を浄めるところです。」
「……うりゅ。僕は、真里亞がひとりぼっちでお留守番をする夜に、よくお菓子パーティを開こう
と言ってました。寝る前にお菓子を食べるのは、いけないことだと知っていたのにです。……そ
れは暴食の罪になると思います。」
「うむ、わかっているようだな。ここでは食物を前に、その罪を悔い改めるのだ。」

 動かなくていいので、それまでの試練よりは簡単そうに思えました。
 でも、煉獄山には、朝もあれば夜もあります。
 風も吹くし、雨も降れば雪も降ります。時には煮えた硫黄の雨さえ。

 何年も悔い改めるうちに、僕はもっともっとボロボロになっていました。

 風雨でぼくはすっかり真っ黒になり、……ぬいぐるみというより、雑巾みたいになっていまし
た。

 きっと、今の僕に頬ずりをしても、柔らかなタオルのような肌触りはなく。
 きっと、絞った後、カラカラに干上がって乾燥した、雑巾のような肌触りになってるに違いあり
ません。

 雨に濡れたり、強い太陽でカラカラに干上がらされたりを繰り返すうちに、僕の左手と両足は
千切れ、たてがみも黒ずんで引き千切れ、……僕がそうだと言わなければ、誰もライオンに見
えない姿になっていました。


 そして、最後の第七冠に辿りつき、その試練を終えました。
 僕がワルギリアに導かれて、この山に登り始めてから、十年以上が経っていました。

 もう僕は、……誰が見てもライオンには見えません。
 布どころか、………石炭のような色をした、綿屑の塊に過ぎません。

 僕は全ての試練を終えましたが、……とても悲しかったです。
 このような姿では、真里亞に、僕だと、わかってもらえないと思ったからです。

 ……僕は、ママが手作りしてくれた、世界でただ1つのぬいぐるみ。
 だから、僕を直せる人は、世界中でママ1人だけ。

 そして、僕は最初から知っていました。

 僕を作ったのはママで、……僕を壊したのもママなのです。

 ママは僕を、直してはくれないでしょう。

 僕は全ての罪を浄めたけれど、………もう、さくたろうとして、真里亞のところへは帰れない
のです。

「さくたろう、本当によく頑張りました。あなたは天国へ行くことを選ばない代わりに、ベアトリ
ーチェの魔法で、再び、人間の世界に蘇ることが、特別に許されました。」

「僕は、こんなにもみすぼらしい、黒ずんだ綿の塊に過ぎません。……こんな僕が、本当にさく
たろうなのでしょうか。……真里亞は本当に僕を、さくたろうだとわかってくれるでしょうか。」


「………あなたをあなただと認めてくれるかどうかは、誰にもわかりません。……それを知ること
が恐ろしいなら、あなたは天国へ登ることも出来るのですよ。」

「……………………………。」

 さくたろうは、最後の選択に、少しだけ迷いを覚えました。
 今の自分は、ぬいぐるみでさえないのです。
 握り拳程度の、汚い黒ずんだ綿の塊でしかないのです。

 この姿で真里亞の前へ帰っても、………僕をさくたろうだとわかってくれるわけはないので
す。

「どちらにしますか。天国でも、人間界でも。どちらを選んでも良いのですよ。」

「うりゅ…。僕の答えは決まってます。」

「真里亞は、あなたがさくたろうだと、わかってくれないかもしれませんよ…?」

「真里亞が僕をわかってくれるかじゃ、ないんです。僕が、真里亞の近くにいたいんです。……僕
の事を、汚い綿の塊だと思ってしまっても、いいんです。」

「わかりました。それではあなたを、ベアトリーチェの魔法に委ねることにしましょう。」

「六軒島の、ベアトリーチェのもとへ…?」

「いいえ、違います。あなたの試練の間に、新たな者がベアトリーチェの名を受け継ぎました。そ
の者のもとで、あなたは蘇ります。……その、無限の魔法による奇跡で。







 さくたろうは、ゆっくりと目を覚まします。

 そこは埃の臭いのする、………布団屋さんでしょうか。

 真里亞の部屋でも、ベアトリーチェの屋敷でもありませんでした。

 誰かの話し声が聞こえます。木の階段を降りてくる音が聞こえます。

 誰でしょうか。僕をさくたろうだとわかってくれるでしょうか。

 そして、……真里亞のところへ、連れて行ってくれるでしょうか。

 僕はたくさんのぬいぐるみたちに混じって、まどろみ続けるのでした……。









<おしまい>

うみねこのなく頃に
さくたろう、煉獄山へ
2010年5月4日ひぐらしのつどい4頒布小冊子