言葉の力(総理大臣のスピーチ)

2011年5月 1日(日) 20:17:53

総理の原稿――新しい政治の言葉を模索した266日昨日に続いてスピーチの話。

昨日の毎日新聞、岩見隆夫のコラム「近聞遠見」に「鳩山とスピーチライター」という記事があった。興味深いのでリンク先をぜひ読んでいただきたい。

これは先月発売された「総理の原稿 〜新しい政治の言葉を模索した266日」(平田オリザ・松井孝治著/岩波書店)という本を元ネタにしたコラムである。

この本、鳩山総理(当時)のスピーチライターをした松井孝治官房副長官(当時)と平田オリザさんの対談で出来上がっていて、鳩山総理のスピーチがどうやって作り上げられていったか、鳩山以前はどんなやり方をしていたか、政治のコミュニケーション・デザインとはどうあるべきか、などがよくわかって面白い。

そして、ボクも随所に出てくるw
というのも、ボクも鳩山総理の演説原稿に、個人的に少し関わっていたからである(そしてその後のソーシャルメディア活用にも。 この本はこの部分もかなりの枚数をさいて書かれている)。

ボクは民主党支持でも自民党支持でもない。
ただ、自民党独占の政治体制は一度終わるべきだと思ったので当時は民主党に協力したし、震災後の国難では民主批判をしている場合でもないだろう、ということで今も内閣官房に協力しているが、だからって政治的に民主党支持なわけでもない。

ただ、単に批判を繰り返すだけで何もしない傍観者ではなく、当事者でありたい(あるべきだ)と思うようにはなった。

もちろん政治家になりたいという意味では全然なくて(100%ありえないw)。
でも、政治はどこかの誰かがやっていること、ではなく、ボクたち国民がきちんと関与すべきことなのだ、という意識はかなり芽生えた。それは、松井さんとオリザさんに巻き込まれてしまった(笑)、この、総理のスピーチライター的活動、そしてその後の鳩山ツイッター(鳩カフェ)活動からだったと思う。

スピーチライターといっても、ボクが関わったのは、「内容」ではなく、「演説をわかりやすくする」というテクニカルな部分である。

演説内容は、この本にあるとおり、松井さんとオリザさんが鳩山さんとブレストし、各省庁とやりとりしながらまとめあげていった。ふたりがまとめあげる文章はそれだけでも過去の総理演説に比べて十分わかりやすいのだが、それをよりわかりやすく、よりやわらかく仕上げる役目を個人的に頼まれた。まぁ語尾をどうするかとか、漢字をひらがなにするかとか、やさしい言葉に置き換えるかとか程度のお手伝いだったが、一般国民目線で、夜中とか早朝にしこしこやっていたのである。

それでも、最後に各大臣や官僚などの筆が入り、思ったよりずいぶんお堅くなってしまった。でも、過去の演説に比べるとずいぶんとわかりやすくなったと思う(→たとえば、所信表明演説全文はこちら)。まぁ少しはマシになった程度かもしれないが、現場的にはこれでもかなりの進歩。

特に2009年10月26日の所信表明演説は思い出深い。
演説直前まで首相執務室で鳩山さんの予行演習におつきあいし(ゲストではなく仕事で首相執務室にジーンズで入ったのはボクが初めてと秘書官に言われたw)、その後、国会議事堂で本番を体験した。多少とも自分がいじった文章を、国会で、時の総理が読む、というあの体験は一生忘れられるものではない(しかも民主党が政権をとった初の所信表明演説で、そのうえ会場内では大受けし、異例のスタンディングオベーションまであった)


総理大臣の演説というと、本人が書くもの、と思われる方もいるだろうが、そんなことはめったにない。
全能の神でもないのだから、全政策を把握し、激務の中で一から書き上げるなんてことは不可能だ。過去の首相は(菅さんもたぶん)各省庁や大臣が部分部分を書いたものを集めて誰かがまとめあげ、それを読み上げる、みたいなことをやっていた。だから読んでも面白くないしわけわからない。

鳩山総理の場合、それをひとりの(政策に精通した)スピーチライターが総理とブレストしながらまとめ、民間の演劇人と広告人がバックアップした、前例のないものだったと思う。(←内容がいいという意味ではなく、その体制自体が前例がないという意味)

前にも書いたかもしれないが、これ、何の数字だと思います?

クリントン 35人
ブッシュ  100人
オバマ   250人

これは、ホワイトハウスの「コミュニケーション・チーム」の人数である(諸説あるが)。
あのマーク・ザッカーバーグがオバマのコミュニケーション・チームに所属していたり、オバマのスピーチ原稿を書いたのが弱冠28歳のジョン・ファヴローであったりしたのも有名だ。

これに対し、日本の歴代総理大臣は「実質0人」である。
もちろん内閣官房には広報官以下数人が激務をこなしているが、戦略的に海外や国民とコミュニケーションを作っていく役目の人はいない。

情報は、内容は同じでも、伝え方によって印象はガラリと変わる。
スピーチの内容はもちろん、ネクタイの色、語り口調、手振り身振り、各省庁との連携、マスメディアへの発表・会見、ソーシャルメディアでの直接の語りかけ、本での意思表示、海外への効果的なアピール、などなど、すべて考え抜いて全体コミュニケーションを作り上げていかなければならないだろう。

それが、実質0人では話にならない。
総理や官房長官が、自分の才能と反射神経だけで受け答えし、それによって国の印象まで変わってきてしまうのである。これがいかに危険なことか、今回の大災害で露わになった。

しかもぶら下がり会見なんていう海外では例のない会見方法をマスコミから強要され(小泉総理が始めてしまった悪弊)、総理の脊髄反射的受け答えがいろいろ揚げ足とられるようになってしまった。

そりゃ無理なのだ。
「人」だもの。朝言うことと夜言うことがロボットのように全く同じではない。サービスもこめて多少違うニュアンスや切り口で話す。機嫌が悪いときもあるし、悩みが深いときもある。菅さんがどういう人かよく知らないが、たぶんコミュニケーション系の才能にはあまり恵まれていない。そんな中、戦略チームもバックにおらず、日々「総理の言葉」として問いただされ、マスコミから寄ってたかって揚げ足をとられたら、いろいろボロも出る。無理だ。

一部の人は「総理は全能であれ」と望む。
でも、無理だ。情報量も処理すべき事案も一昔前とはレベルが違う。この膨大な情報洪水の中を渡り歩くのに、オバマの250人ですら少ないくらいだとボクは思う(まぁアメリカはコミュニケーションチーム以外にCIAなんかもあるけどね。日本には情報省すらないけど)。

要するに、日本は、コミュニケーション的には、超後進国なのである。
壺の中で閉鎖的にやりとりしているうちはまだいいが、壺の外から覗かれたらかなり悲惨かつお粗末な状況だ。でも、今回、外から覗かれてしまったなぁ…。あぁ恥ずかしい…。

「言葉の力」をしっかり政治に活かすためにも、海外にきっちり示すためにも、まずは体制を整えるのが急務だと思う。できる範囲で進言しまくっているけど、現実問題としては、いろいろな壁がありそうだ…。でも、本当に、絶対に、必要。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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