今夏の電力需要を直前分析する | 西陣に住んでます

今夏の電力需要を直前分析する

西陣に住んでます-六本木ヒルズ




電力供給が逼迫する中、6月も終わりに近づき暑い7月はもうすぐです。


東京で気温32℃を超えた6月24日(金)には

東京電力電力消費量は今年最高値の4389kWを記録しました。

もう待ったなしの状況の中、この記事では、

今夏の電力需要について冷静に直前分析してみたいと思います。


これまでに私は、今夏電力不足問題に関して

次のような分析記事を書いてきました。


[東京電力の計画停電を考える]

[今こそサマータイム導入を!]

[東京電力の計画停電を考える-2]

[今夏の電力需給を分析する 1]

[今夏の電力需給を分析する 2]

[今夏の電力需給を分析する 3]

[新エネルギー導入を分析する]


この「試練の夏」を迎えるにあたっては、

日本政府がまったくアクションを起こさない中、

日本の良心とも言うべき日本国民日本企業各種公共団体

電力需給について熱い議論を行い、

節電対策を自主的に策定して節電を行っています。


その結果、現在までに顕著な節電効果が現れてきていて

新たな電力需要のフレームワークが形成されつつあります。


そこで、これまでとは明らかに違った日本の電力消費状況を考慮して

実際に今夏の電力需要の統計シミュレーションを行うと

どのような予測結果が得られるのか?について

この記事ではあくまでもストイックに分析してみたいと思います。


今回、統計分析に利用するのは

時系列解析(Time Series Analysis)という手法です。この手法は、

「過去に起こった現象の積み重ねとして現在がある」

「過去から現在までに起こった現象の積み重ねとして将来がある」

というフィロソフィーのもとで、

(1) 現在の状況を評価し、

(2) 将来予測するものです。


まず、各方面の節電対策によって構築された

現在の電力需要のフレームワークを評価するために、

2011年6月電力消費量データ(東京電力)と

各種気象データを用いることにします。


夏季の電力需給は気象に大きく依存することがよく知られていますが、

ここでは、電力消費量と気象の相関関係に着目して分析を進めます。


まず↓こちらが今年の6月1日~6月24日までの電力消費量のデータです。

(以降、どのグラフもクリックすると拡大します)


西陣に住んでます-2011年6月の電力消費量(東京電力管内)


明らかに24時間周期で値が変動しているのがわかります。

また、気温の顕著な上昇が始まった6月20日ころから

消費量が大きく増加していく傾向が認められます。


これに対して、気象データとして今回用いるファクターは、

気象庁発表の東京都

気温湿度風速全天日射量の各データです。

実は、降水量もファクターとして入れたかったのですが、

0mmという計測結果を統計に反映するのはぼちぼち難しく、

今回はその使用をあきらめました。


それぞれのファクターの時間変動(1時間間隔)は次の通りです。

西陣に住んでます-2011年6月の気温(東京)

西陣に住んでます-2011年6月の湿度(東京)

西陣に住んでます-2011年6月の風速(東京)

西陣に住んでます-2011年6月の全天日射量(東京)


ここで、2011年6月の各日の電力消費量を、

その時点よりも過去に記録された電力消費量と各種気象データによって

表わす関係式を導き出したいと思います。


今回この関係式を導きだすにあたっては、

制御系多変量自己回帰(VAR)モデルという時系列モデルを使います。


このモデルの最大の特長としては、

(1) 複数のファクターの時系列を結果に反映することができる

(2) 時間遅れで効いてくる現象を考慮することができる

などの点を挙げることができます。


具体的にはtを時間とすると、次のような式の形になります。


電力消費量(t)=

A1×電力消費量(t-1)+A2×電力消費量(t-2)+・・・+

B1×気温(t-1)+B2×気温(t-2)+・・・+

C1×湿度(t-1)+C2×湿度(t-2)+・・・+

D1×風速(t-1)+D2×風速(t-2)+・・・+

E1×全天日射量(t-1)+E2×全天日射量(t-2)+・・・+


この式の係数(マトリックス)である

A1, A2, ・・・, B1, B2, ・・・, C1, C2, ・・・, D1, D2, ・・・, E1, E2, ・・・

を数学的に求めることができれば、過去のデータ(t-1, t-2, ・・・)から

任意の時刻(t)のデータを予測できることになるわけです。


これらの係数を求めるにあたっては、

R言語というソフトウェア環境で動く

Timsacというプログラムパッケージを用います。

Timsacは、日本が世界に誇る研究所である

文部省統計数理研究所によって開発された

最強の時系列分析のパッケージです。

嬉しいことに、R言語もTimsacもパブリックドメインなので

インターネットを通して誰でもダウンロードでき、利用することができます。


[R言語のDownload]

[TimsacのDownload]


ここで、この式を利用する場合に

気温、湿度、風速、全天日射量のすべてのファクターを

関係式に含めるのが適正なのかを

情報量規準と言う考え方で最初にチェックします。


各データをTimsacで分析すると、

各ファクターの組み合わせに応じた情報量規準(FPEC, RFPEC, AIC)を

簡単に求めることができます。次の表がその結果です。


西陣に住んでます-情報量規準

情報量規準の値が小さいほど「最ももっともらしい」モデルといえますが、

表を見ると、電力消費量+気温+全天日射量の組み合わせか

電力消費量+気温+風速+全天日射量の組み合わせが

最ももっともらしいモデルであることがわかります。


今回の分析にあたっては、情報量規準のうち特にRFPECを重要視して
電力消費量+気温+風速+全天日射量の組み合わせのモデルを

採用したいと思います。


なお、ラグが26と出ていますが、これは26時間過去までのデータを

利用するのが、最ももっともらしいことを示しています。

つまり上に示した式において次の係数を求めればよいことになります。


A1, A2, ・・・, A26, B1, B2, ・・・, B26, D1, D2, ・・・, D26, E1, E2, ・・・, E26


ここで電力消費量が具体的にどのファクターと相関が高いか(似てるか)

について調べたものが次の図(自己・相互相関プロット)です。


西陣に住んでます-自己・相互相関


この図を見ると、電力消費量、気温、風速については直前の時間帯の値が、

全天日射量については2~3時間前の値が

電力消費量に強い影響を与えていることがわかります。


さて、具体的にこれらの係数を求める(モデルフィッティング)ことで

関係式を確定します。

具体的な係数の値は煩雑になるため割愛しますが、

これらの係数の値を式に代入して過去のデータに適用すると

次の図が得られます。


西陣に住んでます-VARモデルによる再現結果

図中に赤で示した多変量自己回帰モデルが青で示した実測値と

ほぼ一致していることから、多変量自己回帰モデルによって

ほぼカンペキに電力消費量の時間変動を評価できているのがわかります。

つまり、多変量自己回帰モデルによって

現在の節電状況下での電力需要の時間変動メカニズムを

精度よく表現できていることになります。


このことが何を意味するかということですが、

将来の気象条件をいろいろと想定することによって

電力需要の予測シミュレーションが可能となることです。


例えば、下の図は、めちゃくちゃ暑かった昨年、2010年の気象状況下で

電力需要がどうなるのかをシミュレートしたものです。

具体的には、6月25日以降の気象データとして昨年のデータを用いて

その後の変動を多変量自己回帰モデルによって予測しました。


西陣に住んでます-電力需要の予測シミュレーション


この図を見ると、現在の節電の取り組みを将来も維持していけば、

たとえ去年並みの猛暑がやってきたとしても、

電力需要は供給可能量よりも十分に小さく、

計画停電なしになんとか乗り越えることができそうなことがわかります。

けっして安心するのではなく、今現在行っている節電というものが

かなり効果があるということです。

ちなみに、タガを少し緩めるとすぐに大変なことになります。


東京で気温32℃を超えた6月24日(金)に

東京電力電力消費量は5000kWを超えることなく、

たかだか4389kWであったことからも

この予測がそれほど遠い結果ではないことがわかります。


ただし、現象というものは非定常(時間とともに変化する)で

非線形(必ずしも比例しないで急に変化する)であることも多く、
今年これまでに経験していない気象状況に到達した場合には、

新しい現象メカニズムが構築されてしまい、

今回構築した多変量自己回帰モデルの予測が適用できなくなる

可能性も十分あります。


この弱点を改善するには、

予測モデルを時間の経過とともに逐次更新して

その時点の状況で最ももっともらしい最善の予測モデルで

将来予測を行っていくことが重要であると考えます。

できれば私も予測をもっときめ細かくし、定期的に更新したいと考えます。


なお、東京電力では、7月1日から電力需要予測を開始するそうですが、

どのような予測手法を用いるのか興味深いところです。

まず、手法は明らかにはされないとは思いますが、

時系列分析手法ではない古典的な重回帰分析を用いるとすれば

結果を大幅にアンダーエスティメイトすることも考えられ、

結果を危惧するところでもあります。


重要なのは現時点の最先端の科学的方法で需要を予測することであり、

その点でもこの記事で紹介した制御型多変量自己回帰モデル

もしかしたら最高にパワフルな予測手法になるのではと私は思います。

統計数理研究所の最終兵器でもありますし、

ごく普通のPCを使っても計算時間はは1秒程度であるため

リアルタイムな将来予測にも適用できます。


最後に、残念なのは、

東京電力が電力需給曲線を完全公開しているのに対して、

もしかしたら東京電力以上に電力不足が深刻になるかもしれない

関西電力が電力需要曲線を一切公開していない点にあります。

橋下大阪府知事をはじめとする関西広域連合

関西電力を批判するのは納得です。

節電を求めるのであれば、根拠を明確にすべきです。


特定のイデオロギーに操られた少数の人たちとは異なり、

多くの日本国民は、けっして非論理的ではないと思います。