Appleを世界一の企業に育てたカリスマがとうとう逝った。健康不安がささやかれていたので、特に意外感はない。世界中で彼の死去を惜しみ、彼が成し遂げたことを賞賛する声が湧き上がっている。それほど彼が多くの人たちに愛されていたということだろう。

僕は実はスティーブ・ジョブズが嫌いだ。僕のような無名で大したことを何も成し遂げていないただのブロガーと、スティーブ・ジョブズのような世界最高といわれるカリスマ経営者を比べるのは、まったくもって失礼なことであるのだが、僕のやり方と彼のやり方がとても似ているのだ。それが僕が、スティーブ・ジョブズと彼が作ったAppleという世界一価値のある会社が嫌いな理由だ。そのやり方は、あざとくて、狡賢く、そしてとても強欲だ。

彼は人のアイデアを合法的に盗み出す天才だった。そして何よりアイデアを金に変えるビジネスの最後の部分に異常にこだわった。一言でいえば、彼と、そしてAppleは美味しいところだけをもっていく天才たちなのだ。 僕が自分自身のことを好きになれない、尊敬できないのと同じ理由で、スティーブ・ジョブズやAppleが嫌いなのである。

Appleという会社はハイテク企業として崇められているが、僕はGoogleやIBMのような会社よりも、Appleという会社はフランスのファッション・ブランドのコングロマリットであるLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)にずっと近いと思っている。ルイ・ヴィトンやブルガリなど日本でお馴染みの高級ブランドを傘下に抱えるこの企業は、売り上げが2兆円、時価総額が5兆円以上で、これより大きい会社は日本にはトヨタ自動車とNTTドコモの2社しかない。そしてAppleはヨーロッパのファッションブランドのように、同じような機能の商品をその他のメーカーの何倍もの利益を上乗せてして売りつけることができる。またLVMHと違い、米マクドナルド社と同じように大衆へプロダクトを売りさばく販売力も併せ持っている。AppleのPCとマクドナルドのハンバーガーが両方共Macなのは皮肉だ。Appleはテクノロジーの会社ではなく、LVMHの詐欺的な利益率と、マクドナルドのような大衆を中毒にさせるマーケティングを併せ持った会社なのである。

この原稿の大部分は会社の帰宅途中でiPhoneを使って書いたのだが、このiPhoneを見ると、Appleが開発した技術というのは何も無いことが歴然とする。デジタルカメラの部分のCMOSセンサー、リチウム・イオン電池、液晶パネル、CPU、メモリー、各種の高度な導電性フィルムを利用するタッチパネルなど、こういった根源的な基礎技術に関するAppleの貢献は何もない。僕自身、研究者をやっていたからわかるのだが、こういった基礎技術の確立には、世界中の公的な研究機関や、大企業の基礎研究所の名もなき技術者や科学者たちによる膨大な作業が必要になる。こういった研究開発には信じられないほど莫大な時間と金がかかっている。

Appleは極めて高収益の大企業、というよりも世界一の企業だが、こういったすぐには金にならない基礎研究はほとんど手を出していない。それはビジネスとしては正しいことかもしれない。しかし僕はだからこそ、名声とうなるような金を手にしたAppleの幹部連中ではなく、CMOSセンサーの解像度を上げるために日々創意工夫を重ねている無名のエンジニアたちや、リチウム・イオン電池の寿命を少しでも伸ばすために地道な努力を続けている中小の材料メーカー、液晶材料やトランジスタなどを発明した企業や大学の研究者たちに光を照らし、彼らに心から敬意を表したいのだ。彼らのほとんどはAppleの幹部が手にする金の数百分の一も手にすることはなかった。

僕自身も研究者をしていたとき、そういった地道な研究をするより、いかに短期間にコストをかけずに有名なジャーナルに多数の論文を載せるかばかりを考えていた。なぜならば多数の論文を発表することが僕の研究者としての地位を高める手っ取り早い方法だったからだ。だからAppleのようにあともう少しでものなりそうな他人の研究成果を見つけてきては、そこにちょっとばかり手を加えて論文を量産した。そこにはビジネスと同じような効率しかなかった。科学の基礎研究に特に情熱を持てなかった僕は、はるかに簡単に儲かる金融の世界に転身することに何の迷いもなかった。そして金融の世界ではとにかく、金、金、金である。Appleの経営方針と同じだ。

Appleは取引相手の弱みを見つけては、そこを容赦無く攻め立てる。通信会社との契約を見ればあきらかだろう。相手がどうしても売らなければいけない、買わなければいけない状況になれば、とことんまでむしり取ろうとするウォール街と同じだ。Appleはウォール街よりもウォール街的なのだ。こんな金の亡者のような会社を、株主やウォール街の連中が賞賛するのは理解できるが、ウォール街を忌み嫌っているような連中がAppleを賞賛しているのだから滑稽だ。

僕が最初に書いた本はなんのオリジナリティもなかった。他社が莫大な研究開発費を投じて確立した技術をAppleがつまみ食いするように、アカデミックな他人の研究成果や、すでに出版されている本の内容をうまく再構成して読みやすくしただけのものだった。それでも売れた。僕は経済学の研究をしているわけではないのに、世間で売れている経済学の教科書をつまみ食いして再構成し、時事ネタをからめてわかりやすい経済の本をまた書いた。この本も、まじめに経済学を何十年も研究している教授が書く本よりも、おそらく売れてしまうだろう。とても悲しいことに。僕もAppleと同じように、美味しいところを持っていくことにとりわけ熱心な、いけ好かない野郎だ。だから自分が嫌になる。

スティーブ・ジョブズ、たくさんのインスピレーションをありがとう。安らかに眠ってください。明日、僕はiPhone4Sを予約します