TechCrunchでなにが起きているか

この記事の位置付け
TechCrunch JAPANにとつぜん「TechCrunchが根本的に(悪い方向へ)変わるかもしれない」という記事が掲載されて、いったいなにが起きているのかさっぱり分からない人のための(暫定)まとめ。(この記事は2011年9月7日の朝に書かれた。そのあと末尾に追記を加えている)

前提:
TechCrunchは米国を代表するIT&ベンチャーブログ。創業者&編集長はMichael Arrington。2010年9月、AOLに買収されたが、Michael Arrington体制は変わっていない。AOLは他にもEngadgetやHuffington Postなどのコンテンツメディアを買収・所有しており、コンテンツメディア部門の長はHuffington Postの創業者、Arianna Huffingtonである。ちなみにAOLがHuffington Postを買収したのは、TechCrunch買収より後の2011年2月。

発端:
シリコンバレー業界人として著名なMichael Arringtonはもともと有望ベンチャーに出資を行っていた。ArringtonとAOLはそのエンゼル事業を、AOLの資金や他のエンゼルも巻き込み、CrunchFundという名前のもとで拡大させることになった。

騒動:
CrunchFundの件は9/1にNYTimesが報じた。NYTimesの記事は「ベンチャーをネタに取り上げるジャーナリストが、ベンチャーファンドもやるなんて」という批判的な文調だった。おまけに記事ではAOL幹部の「TechCrunchではジャーナリズムは別」と読みとれるようなコメントまで掲載されてしまった。TechCrunchのライターは即座にこの見解を否定し、ファンドはブログには関係ないし、なんであろうと(従来どおり)ジャーナリズムに則ると訴えた

混乱:
多くのメディアが、Michael Arringtonの役割について批判的な立場をとった。Arianna HuffingtonやAOLの広報は、ArringtonはTechCrunchを離れるとか、TechCrunchは離れるけどAOLには残るとかコメントして混乱に輪をかけた(これこれこれこれ)。

反発:
沈黙を守っていたTechCrunch自身において、主要ライターであるMG Sieglerがついに「こんな状況やってられん」と記事を書いた(9/6)。そしてArringtonはようやく口を開き、AOLに(Arianna Huffingtonの下ではない)編集権の独立を担保するか、TechCrunchを売るかの二者択一を迫った(9/6)。

日本の状況:
MG Sieglerの「やってられん」記事が話題の「TechCrunchが根本的に(悪い方向へ)変わるかもしれない」である。いつもの岩谷訳、おまけに抄訳のせいで、ややこしい問題がさらに分かりづらくなっている。TechCrunch JAPANでそのあとに掲載された「CrunchFundとArringtonの編集長離任に関して―われわれの倫理基準に裏表はない」は9/2時点の記事(このまとめで言う「騒動」のところ)なので、時間軸が前後している。でもってArringtonが最後に投げた記事の翻訳が「編集権の独立」というわけ。


感想と論考:
まとめていて思ったが、まずそもそもCrunchFundを設立しようとしたMichael Arringtonには、ファンドとジャーナリズムの両立について説明責任があったのではないか。編集の独立を求めるライターの意見はもっともだが、Arringtonを擁護しながらAOLに反発するのは、どうも矛盾を感じる。またArringtonの結論だけを読むと、CrunchFundのゴタゴタはあくまできっかけでしかなく、当初こそAOL傘下でもやっていけると思ったが、今年になってAOLのHuffington Post買収とともにTechCrunchがArianna Huffingtonの管轄下に入ることになってしまい、やりづらさを感じていた部分が噴き出たようにも見える。

せっかくなのでもうすこし論考を加えると、この騒動の背景にはみっつの「ズレ」があったように見える。ひとつ目はいう間でもなく、大企業AOLとカリスマブログTechCrunchのズレである。しかしTechCrunchが求めていることは結局のところ「AOLは編集方針に手を出すな」というだけであり、それを守ることは本来そう難しくなかったはずだ。

むしろ注目すべきは、先にも書いたとおりAOLのコンテンツメディアを任されることになったHuffington PostのArianna Huffingtonと、ジャーナリズムを標榜するTechCrunchの、ブログメディアに対するスタンスのズレではないか。Huffington Postは真面目記事からゴシップまで取り揃えるなんでもブログであり、編集方針があるとすればそれは「PVを稼ぐ」だろう。実際、Huffington PostのPVはNYTimesを超えると言われるほどである。「PVを稼げればなんでもいいのか」「ブロガーはジャーナリストを気取れるのか」という問題にはいろいろなスタンスがあるけれど、TechCrunchのライターとArianna Huffingtonのスタンスは明らかに違う。こう考えると、カネ(PV)と評判という、ブログメディア(あるいはメディア全般)に普遍的な問題になってくる。

もうひとつ、今回の騒動でNYTimesの記事がとても批判的だったのも面白い。NYTimesのようなエスタブリッシュメディアにしてみれば「やっぱりブログメディアはジャーナリズムなんかじゃないじゃん」という感じだったのだろう。マスメディアとネットメディアの視点のズレは今にはじまったことではないけれど、ここまで前者が後者に牙をむく背景には、マスメディアなりの鬱憤があったように感じられる。(なにしろNYTimesはメディア系でナンバーワンPVを誇ってたのに、どこの馬の骨とも分からないHuffington Postに抜かれてしまったのだ)

というわけで、今回の問題はただのお家騒動ではなく、ブログメディアが生きていく上で考えなければいけない様々な要因を孕んでいる。ブログはどこへ行くのかあらためて考える機会になればいいな、というのが個人の感想である。


さらなる論考(9/8夜)
9/8時点のいま、Michael ArringtonはTechCrunchを辞めたという話が聞こえているが、TechCrunch自身からの発表はない。そしてもうこの記事を読んでいる人はそう多くないだろうが、それでも二点だけ追記したい。

ひとつ書いておけば良かったなというのは、Michael ArringtonはTechCrunchの創業者である以上、ジャーナリストであると同時に生粋のビジネスパーソンであるということだ。NYTimesの雇われ編集者とはそもそも立ち位置が違う。だから彼にとってジャーナリズムとビジネスの両立というのはある意味では自然なことであり、CrunchFund構想もその延長線上にあるものとして理解できなくはない。もちろん他のメディアも経営については考えなければいけないわけで、たとえば日経新聞にも広告が掲載されているわけだが、新聞などは記事を書くジャーナリストと、カネを考える役回りは別の人間がやるということになっている。しかし役割分担をすれば中立なのか? Michael ArringtonはNYTimesだっていろんな企業に投資している指摘する。これは個人ジャーナリズムの時代ならではの問題と言えるだろう。

もうひとつ忘れていたのは、Michael Arrigtonは以前も一人二役について批判を受け、ブチ切れ記事を書いていたということだ。彼はジャーナリズムに透明性は必要だが、客観性なんてものはないと言う。これに賛成するか反対するかは意見の分かれるところだろう。今回、TechCrunchが他メディアから一斉攻撃を受けているのも、こうした過去のいざこざが背景にあるのは間違いない。Fortune/CNNは、他にも代替メディアはいろいろあるんだからTechCrunchなんて用済みだと言い切ってる。いささかプロレスチックな展開だが、横へ習えのメディアよりは、このような議論が巻き起こるメディアのほうが健全だ。

さて、99%の方はこの記事で当ブログをはじめて目にしたと思うが、このブログはもともとITまわりのトレンドからビジネスチャンスを考えるという主旨ではじまった。今回の騒動をふまえ、ブログビジネスの将来について従来フォーマットでの記事を掲載したので、あわせて読んでいただけると嬉しい。

結末(9/12)
AOLはMichael ArringtonがTechCrunchとAOLから離れたこと、TechCrunchの次期編集長にErick Schonfeldが就任したことを発表した

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