警察庁「山口組壊滅作戦」で地下に潜りマフィア化する暴力団の恐怖

安藤隆春警察庁長官への期待と不安

 年頭所感は、誰しも気負いがちだが、1月6日、安藤隆春警察庁長官が記者会見で述べた次の言葉にはインパクトがあった。

「今年は暴力団対策が最重要課題だと位置づけている」

「さらに暴力団対策を進めることで、日本の治安の風景を変える覚悟でやりたい」

 安藤長官は、1972年、東大法学部を卒業して警察庁に入庁、警視庁公安部長、警察庁長官官房長、警察庁次長を経て、09年6月、警察庁長官に就任した。

 就任以来、最も力を入れてきたのは暴力団の影響力排除であり、特に、山口組6代目の篠田建市(通称・司忍)受刑者(銃刀法違反で服役)の出身母体である弘道会(本部・愛知県名古屋市)に目をつけており、愛知県警に「弘道会特別対策室」を設置させるなど、徹底摘発の方針を貫いてきた。

 全国警察の本部長集めた会議で、こんな言葉を残している。

「弘道会の弱体化なくして山口組の弱体化はなく、山口組の弱体化なくして暴力団の弱体化はない」

 弘道会を山口組=暴力団の中核とみなしているわけだ。全国約8万人の暴力団の構成員、準構成員のうち過半近い約3万7000人が山口組である。そのナンバー1の篠田組長とナンバー2の高山清司若頭(弘道会会長)の2人が、ともに弘道会出身で、同会が組織、資金力ともに急成長しているところに安藤長官の危機感はあった。

 既に、弘道会を軸として「山口組解決作戦」は10年からスタートさせており、「直参」と呼ばれる直系組長の逮捕は、昨年1年で21名に及んだ。襟をつかむなど粗暴行為を行った、他人名義でマンションを借りた、無免許で宅建業を営んだ、など「なんでもあり」の逮捕が続いたが、起訴に持ち込めたのは三分の一の7名に過ぎなかった。

 従って、「今年は」ではなく「今年も暴力団対策」に勢力を注ぎ込む、というのが正しい表現だが、そうした強権発動が、「日本の治安」を良くするかどうかは別問題だろう。

横行する「偽装破門」や「企業舎弟」隠し

 暴力団排除は、警察だけが行っているわけではない。行政官庁は、公共工事から「反社会的勢力(暴力団周辺者も含む)」の完全排除を決めたし、金融機関は証券口座も銀行口座も開かせず、「反社」と見なされた人物の情報は、警察当局から即座に金融機関に伝えられるようになった。さらに暴力団排除条例の施行も急ピッチで普及、みかじめ料、事務所の提供など暴力団に便宜を図った人も罰せられるようになった。

 すべては、ここ4~5年の出来事である。指定暴力団の活動抑制を目的に、92年3月、暴対法が施行されたが、抜け道が多く、企業活動は封じ込めなかった。その穴を塞ぐ、細かい法律や制度が整備され、暴力団、反社と見なされると銀行口座が開けず、事務所(自宅)も借りられないなど、生存権が脅かされる事態となった。

 警察の組長クラスを逮捕する「頂上作戦」は、そうした行政・監督官庁とのセットで行われているだけに、影響は甚大。「暴力団員と見なされるとシノギができない」と、組を離れ、暴力団周辺者となるものが激増した。

「今のままで締め付けが強化されれば、暴力団を名乗る人間は、冠婚葬祭の『義理事』を行う幹部クラス数千名だけになってしまうんじゃないか」といった声が上がるほどだ。

 実際、あの手この手の偽装工作が進行している。

 「破門状」を出して企業活動に専念させる「偽装破門」が流行、改名はもちろん妻と偽装離婚、名義を借りた人間と養子縁組をして姓を変えることもある。企業なら、商業登記地の場所を変え、社名を変え、株主を変更、「企業舎弟」のレッテルを外す。

 ひとことで言えば、暴力団のマフィア化である。暴力団の徹底排除は、間違いなく彼らを地下に潜らせ、正体を把握しにくくするのだが、それがもたらす「治安の風景の変化」が、日本にとっていいことかどうかは別問題なのである。

 安藤長官が、高山若頭が「篠田組長不在の5年間」に、相当な力をつけ、「弘道会方式」を山口組全体に行き渡らせていることに、危機感をつのらせたのは理解できる。

 高山若頭は「強圧」の人である。

 警察に情報を売らず、つきあいもせず、事務所にも入れない「3ない主義」を貫いているのはよく知られている。弘道会は、県警捜査員の自宅を割り出し、小動物の死骸を送り、家族に脅しの電話をかけるなど、挑戦的な態度を取り続けている。

 「強圧」は、「直参」といわれる直系組長に対しても同じで、参勤交代よろしく月曜日から金曜日までのウィークデーは、神戸市の本部に詰めさせて勝手な行動は許さず、上納金を徴取する。その一方で、高額の「水」のペットボトルを売りつけて「第二の上納金」としている。刃向う組長がいれば、容赦なく処分、後藤忠政後藤組組長のような5代目時代の大物は、次々に除籍処分となった。

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