フクシマ被災者が移住を避けるべき4つの理由


では、前回記事の補足ですにゃー。前回記事と併せてお読みくださいにゃー。

ストレスが健康に及ぼす影響

ストレスは、内分泌系および神経系に大きな影響を与え、心疾患(特に虚血性心疾患、いわゆる心臓発作)や脳血管障害(脳出血脳梗塞など)の直接的な原因になりえますにゃ。また、当然に精神的な影響は大きく、うつ病などから自殺の要因になり、さらには暴力事件にも関係するってのは常識的見解にゃんね。そして、アルコールや薬物などの過剰摂取により間接的に精神的身体的健康に悪影響を与えるというのも誰でもわかるところですにゃ。

1980〜90年代のロシアなどの平均余命はなぜ下がったか

以上のことを理解していただいた上で、下のグラフを見てもらいましょうかにゃー。

}˜^¤ƒƒVƒA‚Ì•½‹ÏŽõ–½‚̐„ˆÚ より引用


チェルノブイリ事故が86年で、確かにその後、旧ソ連諸国の平均余命は低下しておりますにゃ。
ただし
チェルノブイリ放射線汚染がもっともひどかったとウクライナベラルーシではロシアほどの平均余命の落ち込みはにゃーですね。そして、ベラルーシの男女別の平均余命を見ると、♂の平均余命の落ち込みが激しいにゃー。放射線の被害に性別は特段に関係にゃーはずなので、どうもこの平均余命の落ち込みを放射線の被害と見做すのには疑問符がつきますにゃ。
平均余命の落ち込みをチェルノブイリ放射線の被害と考えると

  • 1)ベラルーシウクライナよりもロシアで平均余命がもっとも落ち込んでいることを説明できない
  • 2)ベラルーシで男性のほうが女性よりも顕著に平均余命が落ち込んでいることを説明できない

まあ、他にもいろいろと突込みどころはあるけど、それはリンク先でご確認くださいにゃー。


では、もうひとかたまりのグラフ群を見てもらいましょうかにゃ。なるべくリンク先を直接見てもらったほうが読みやすいと思いますにゃ。

http://ow.ly/i/bG2H/originalより引用

ロシアにおいては、♂の平均余命とアルコール消費量が見事に逆相関をしているのが見て取れますにゃ。
そして、死亡原因としては虚血性心疾患・脳血管障害・不慮の事故が顕著に増加し、他に増加しているのが自殺・他殺・その他暴力ですにゃ。他方で、白血病も固形癌も特に増加は見られにゃーですね*1


これらのグラフを見れば、旧ソ連諸国で1980年代の終わりから平均余命が下がったのは、ソ連邦崩壊による社会的なストレスが直接的あるいは間接的(飲酒などをとおして)に心疾患・脳血管障害・自殺・他殺・暴力事件を引き起こした結果であると考えるのが妥当なんでにゃーかな?*2チェルノブイリ事故の影響とは考えにくいんでにゃーの?*3
この【ソ連邦崩壊による社会的なストレスが健康悪化の原因】というモデルでなら、もっとも混乱のひどかったロシアでもっとも平均余命の落ち込みがひどいこと、♀に比べて♂の平均余命の落ち込みが顕著なこともばっちり説明可能ですにゃー。

放射線被曝の被害を否定しているわけではない

誤解してほしくにゃーのだが、チェルノブイリ事故の放射線被曝によって健康被害などありえにゃーと主張しているのではにゃーのだ。現地の医師などの体験による白血病やガンなどの増加という主張を否定するつもりはさらさらにゃー。放射線被曝は深刻な問題だと考えているし、だからこそ3.11以前にも原発に反対するブログ記事をあげているのだにゃ。
しかし
低線量の放射線による健康被害は、社会的なストレスによる直接あるいは間接的な健康被害とは比べものにならにゃーほど微妙だということは、どうみても明らかだろうと言っているのですにゃ。


100mSv/年の被曝で0.5%ガンの罹患率死亡率が増えるという広く承認されているモデルというのは、仮に10万人のうちで1000人ガンになるとして、その10万人が一年間で100mSvの被曝をすると、1005人がガンになるであろうガンで死亡するであろうというモデル。(←この記述はおかしすぎるので、「現在の日本では死亡原因の約4分の1がガンだといわれており、仮に25%ジャストがガンで死亡するとすると、ガンの死亡率が25.5%になるということ。」と差し替えます。不確実な記述申し訳なし。6/19 23:30ごろ)。そして、http://ganjoho.ncc.go.jp/professional/statistics/statistics.html を見てもらえば分かるけど、日本国内でも県別でのガンの死亡率は0.5%とは桁違いに大きな開きがありますにゃー。これは、低線量被曝よりも生活習慣などの他の要因によってガン発生率が左右されるであろうことをはっきりと示しておりますにゃ。


繰り返すよ。チェルノブイリ事故の放射線被曝の害がないともどうでもよいとも言うつもりはにゃーの。ICRP(国際放射線防護委員会)の報告が、原発擁護の側によっていてどうも信じがたいという理屈を認めて被害はもっと大きかったという前提に立ってもいいのだにゃ。
放射線被曝の健康リスクにおいて、どんなに悲観的なモデルをもってこようとも、それでも、ソ連邦崩壊という社会変動にともなうストレスの健康被害はあまりにも巨大であって、ストレスの健康被害と【比較すれば】、放射線被曝の健康被害は圧倒的に小さいだろうといっているのだにゃー。

中間まとめ

つまり、前回も引用した「チェルノブイリ事故の精神面への影響は生物学的なリスクに比べ非 常に大きかった」との91年国際原子力機関の報告は、【原発御用学者】のものであるとはとてもいえにゃーと思われますにゃ。
精確には、

  • チェルノブイリ事故とその処理の社会的・政治的な混乱により、精神的ストレスがもたらす健康への悪影響は、被曝による放射線医学的な悪影響よりもはるかに深刻であった


これは今の日本でも起こっていることなのではにゃーのかな?
それこそ、チェルノブイリに学ばなくてはならにゃーだろう。


また、これもしつこくいっておくけど、精神的なものがもたらす健康への悪影響も原発のリスクのひとつであり、政府・東電にはこれを軽減し補償する責任があることは言うまでもにゃー。


強制移住がどんなに大きなストレスを与えるかを考慮すれば、低線量被曝が予想される地域をそうそう簡単に居住不適当な地域にするのはまずいわけですにゃ。居住も選択できるようにせねばならず、そして居住者には社会的・心理的・経済的・医療的ケアをしなければならにゃーわけだ。
もちろん、どうしても住みたくにゃー人は出て行くしかにゃーですね。そうした人たちに対しても手厚く補償すること自体は当然だにゃー。


前回エントリには「原則居住」と書いたはずなんだけど、どうも僕が居住を強制しているかのような誤読をしていたヒトがブコメにもコメント欄にもいましたにゃ。居住か移住かは当人が決めることは自明として、行政側は居住にインセンティブをもたせるような施策をすべきというのが「原則居住」の意味にゃんね。
では、なぜ居住にインセンティブを持たせるべきかについて以下に説明しますにゃー。

ストレスをどう軽減するか

前回エントリのブコメで、
「移住もストレスだろうけど、残ってもストレスにさらされるだろ。残ったら放射線とストレスのダブルパンチじゃないの?」
という旨の意見をいくつかいただいていますにゃ。もっともな反論にゃんね。


ストレスに対処する過程はコーピング(coping)と呼ばれる。コーピングとはストレスに対してなされる認知的・行動的な努力のことである。


ストレスへのコーピングを支えるものとして考えられているのが、個人のもつ心理的・社会的資源である。具体的な資源としては、健康、知的能力、問題解決スキル、ソーシャルスキル、ポジティブな信念、物質的資源(お金)、ソーシャルサポートなどである。


なかでも、ソーシャルサポートが十分に得られるときに、個人はストレスフルな状況にもっともよく対処しうる。十分にソーシャルサポートが受けられるというのは、支援的な対人関係に恵まれ、いろいろな物質的・心理的援助が得られるということである。


培風館「心理臨床大事典」初版P47〜48 より引用者の責任で抜粋まとめ


コーピングとそれを支える資源という視点を導入させていただきますにゃー。
先程のロシア平均余命グラフで、♂がストレスに弱いということは明らかにゃんね。これはジェンダー論なんかも絡むだろうけど、一般に♂は♀よりもコーピングが下手だという話がありましてにゃ。♂はストレスに晒されるてもうまく対処できずに、酒量がふえて自滅すんのだにゃ。また、コーピングを支える資源、というのはアマルティア・センの潜在能力概念とだいぶ重なるところの大きいものに思えますにゃー。


さて
社会的な排除や差別ってのは、それ自体がストレスの大きな要因であるうえに、ストレスに対処するための資源の欠如でもあるという意味で実に大きな問題なのですにゃ。ストレス対処にとっては、社会的サポートが受けられにゃーってのは最悪なんですにゃー。


移住先に何らかのツテがあればまだいいけど、まったく知らぬ土地に放り出されたら、移住ストレスに対処するための最重要資源である社会的サポートがにゃーんだ。仮に移住先の自治体が最善の対処をしたとしても、社会的サポートのうちでも重要項目であるコミュニティはなかなか得られるものではにゃー。


そして
社会的サポートってのは行政だけがやるものでもにゃーんだな。


地縁・血縁といった原初的なコミュニティは、危機対処にあたって大きな役割を果たし得るし、同じように被害にあい同じように苦労した者どうしの連帯というのもあるだろうにゃ。ストレス対処とはちょいことなるけど、依存症からの脱却においても、同じ経験を共有している人たちのコミュニティというのは、大きな治療の成果をあげるということも知られていますにゃー。


コミュニティというと脊髄反射的に嫌う連中がいるけれど*4、本当に追い込まれてしまった人たちにとって、コミュニティは絶対不可欠なものだといえますにゃ。


あと、新しい環境に対するガキの適応力をあげるブコメがいくつかあったけど、ガキが適応力を持てるのは、家族コミュニティがしっかりと機能しているときなんでにゃーの?
ガキがストレスに強いとでも思ってんでしょうかにゃ?
無茶な移住で社会的サポートがなく、家族コミュニティがなかなか機能しにゃー状態で、しかも放射線被害デマの典型たるフクシマ出身者差別すらあるこの状況で、ガキの適応力を期待するというのかにゃ? 無茶だろ。


いかにして長期的な補償をさせるか

前回エントリコメ欄で、以下の指摘をいただきましたにゃ。


protein_crystal_boy 2011/05/31 22:37
水俣病とか公害裁判でも判るようにさぁ、
国や原因企業は責任を認めようとしない傾向が強いでしょ。
規制値を緩めちゃうと
健康被害に関して国は因果関係を認めない方向に行くのじゃない?
それに居住地を失うことに対して賠償を要求する根拠になるのは
規制値を超えちゃったっていうことでしょ?
規制値を維持した上で移住などによる健康被害
国や原因企業に徹底的に補償させる方が良いと思うよ。


これは確かにひとつの考え方だとは思いますにゃ。他にも、移住してちゃんと補償しろというブコメはありましたにゃー。
ただし、
この考え方だと、低線量で規制を行うことになり、その低線量での規制地帯で居住する人たちが【自己責任】ということになっちまわにゃーかと心配。どちらを選ぶにせよ、補償されなければならにゃーからね。
そして、やはり移住のほうが健康被害はでかいと考えられるわけで、なるべく健康被害が最初から少にゃーほうがいいと思いますにゃー。


また、
【徹底的な補償】というけれど、移住して全国に分散してしまって、行政や企業に徹底的に補償させるような社会的・政治的な存在感を保つことができるかってのはかなり疑問にゃんよ。
正直なところ、移住にともなう補償というのは、基本的に一時的なものであり、どう長くとも数年から長くとも十年程度であり、それ以降の補償ってのはムツカシイのでは?
今の日本のこの閉塞的な状況で、カネなし・コネなしで知らない土地に放り出されて、仮に手厚い補償を得られたとして一時的なものにすぎにゃーだろうってのはどうなのよ、と思っちまいますにゃー。


都合のワリイことはなかったことにしたがるニッポン人と日本の権力にとって、目立たなくなるように全国各地に被災者が移住して、雀の涙ほどのカネをだして、あとはなかったことにする、ってのがベストのシナリオではにゃーだろうか。


水俣その他の公害訴訟においても、徹底的に粘り強く戦った地元の人たちがいたからこそ、それなりの補償を少しずつでも勝ちとってきましたにゃ。
これからフクシマで生まれるガキが、年をくって死ぬまでの長きにわたり、健康被害に関して行政と企業に継続的な補償をさせるためには、そこに住んで社会的・政治的に存在感を示し、発言し続けることが大切なのではにゃーだろうか?

まとめ、4つの理由

  • 1)チェルノブイリ事故後の旧ソ連の平均余命データ、死亡原因データなどからは、低線量放射線被曝の影響よりも、社会的ストレスの影響が圧倒的に大きいことがわかる。また、低線量被曝(100mSv)の発ガン率ガン死亡率上昇は都道府県別の発ガン率ガン死亡率の違いにも遠く及ばない。放射線被曝の健康被害そのものより、事故処理にかかわる社会的・精神的ストレスが健康に悪影響を及ぼしたという、チェルノブイリで見られた事象が、今この日本で起こっているのではないか?
  • 2)ストレスに対処(コーピング)するためには、社会的サポートが必須であり、行政の支援ももちろんだが、コミュニティの果たす役割は大きい。フクシマの地域コミュニティを崩壊させてはならない。
  • 3)ヒロシマナガサキの存命被爆者(つまり低線量被曝者。被爆当時は子供だったひとももちろん多数)は、かえって長命であるというデータも知られている。つまり、低線量被曝の健康への悪影響は、事後的な医療ケアで取り返すことができる。
  • 4)行政や企業に長期的な補償をさせるためには、居住して社会的・政治的存在感を示し続けるのが有効。移住の補償は一時的である可能性がおおきく、結局【なかったこと】にされるのでは?
  • 以上の論点より、なるべく居住が続けられるような施策が積極的になされるのがフクシマの被災者にとってより望ましいと考える。具体的内容案は前回エントリで述べた。
  • また、【 ガキをリスクに晒すこと】、および、【 疫学的手法を用いてこの事例を考えること】への反発がコメント欄やツイッターなどで見受けられた。これについても思うところを述べたいが、別稿で行うこととする。

*1:一応いっておくと、小児がんというのはもともと件数が少ないので増えたとしても平均余命に影響を及ぼすことは考えにくい。まして、小児甲状腺がんについては死亡例も少ないはず。また、この統計はいわゆる原発利権とは無関係なWHOの統計であることにも注意。

*2:死亡原因として大きな不慮の事故も、社会の崩壊に伴うものと考えられる

*3:まあ、チェルノブイリ事故はソ連邦崩壊の直接的な引き金のひとつではあるから、その意味ではチェルノブイリ事故の影響といえんことはない

*4:前回エントリへの、id:harutabeのコメントが典型。コミュニティは抑圧的に働きうるし、ろくでもない権力主義者がコミュニティを錦の御旗に掲げることが多いなんてのは前提。しかし、追い込まれた者にとっての最後の頼みの綱であることもまた事実。 僕だって地縁コミュニティなんてうざってえしできれば関わりたくないが、それは僕が相対的に強者であるからにすぎない。 単純で浅薄なコミュニティ否定は、実は強者の論理だ。