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竹中平蔵のポリシー・スクール

2011年2月1日 内閣改造:CPU のススメ

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 1月14日、菅首相は内閣改造に踏み切った。いわゆるねじれ国会のなかで、参院では官房長官と国土交通相(いずれも前職)の問責決議がなされた。それに対する「けじめ」をつけなければ通常国会の冒頭から大混乱が生じる可能性があった。実態的にはこのために内閣改造を行ったと言える。もちろん建前としては、新たな政治課題に対処すべく強力な体制をとった、ということになる。具体的には、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を実現して開国を進めること、消費税を含む税・社会保障の一体改革を進めること、が掲げられている。

 今回の改造に関しては、与謝野元財務相を起用したことが大きな話題となっており、政治的にはこの点を巡って様々な駆け引きが行われるだろう。しかし、こうした問題とは別の次元で、よい政策の推進という観点から是非考えてみたいことがある。それは、内閣改造を契機にそもそも政権運営の体制づくりをどうするかという問題である。

裏官邸的な機能、CPUが重要

 政権の運営には、常に非常に難しい問題がついて回る。どのような政策をアジェンダに掲げるのか。具体的に、その制度設計をどうするか。これを実行するために、いかにして政治的コンセンサスを得るか。これら政策の意義をいかにしてメディアや国民に伝え、幅広い支持を得るか―。政権を短命に終わらせないためには、以上をすべて滞ることなく進めて行かねばならない。

 一般に、政策を進めるに当たって「政治主導」という言葉が使われる。その中身は、首相官邸の機能を強化すること、つまり「官邸主導」が重要であるという点だ。橋本行革で議論され2001年の中央省庁改革で実現した改革は、まさにこうした問題意識に根差したものだった。首相を支える知恵の場として内閣府が設置され、経済財政諮問会議が置かれた。民主党への政権交代で、国家戦略局への衣替えが模索されているが、いずれにしても首相官邸の機能強化を目指すものである。

 こうした流れは今後とも重要である。残念ながらその方向性が十分定まらず政策の司令塔機能が不十分であることが、現民主党政権への大きな批判ともなっている。しかし、政権をうまく運営し優れた政策を実現していくためには、さらに進んだ工夫が求められる。海外政府の例に見られる政治的リーダーシップの発揮や、これまでの日本の内閣運営などから、CPU(Communication and Policy Unit)を活用することが重要と言える。

 CPUとは、政策を戦略的に進め、同時に戦略的コミュニケーションをはかるために集められる首相側近グループである。例えば首相官邸の重要な機能として、諮問会議や国家戦略会議のような場があるとしよう。しかしこれは、あくまで公式な機関である。その背後にこれをうまく機能させるために、裏部隊のような仕掛けが必要だ。それがCPUの役割である。

 日本の歴代内閣を見ると、いくつかこうした例が見られる。一つは、佐藤内閣を支えた「Sオペレーション」といわれるものだ。これは、産経新聞記者で佐藤番であった楠田實氏が佐藤氏に提案したもので、政権構想づくりから始まり沖縄返還を政策目標に位置付けるなど、重要な役割を果たした。その後楠田氏は首相の政務秘書官に就任し、さらに大きな役割を果たすことになる。いわば「裏官邸」として、極めて重要な機能を担った。少し意味合いは違うが小泉内閣においても、経済財政諮問会議を円滑に進めるために週末定期的に関係者が集まり、これが裏官邸的な機能を果たした。長期政権には、程度の差はあれこうした機能を担う仕組みがあったと言ってよい。

 内閣改造は言うまでもなく重要であるが、表舞台ではなく裏舞台をしっかりとつくることこそ、政策を円滑に進める重要な要素である。

政策のマイクロ・マーケティングを

 さらには裏官邸の重要な機能として、政策におけるマイクロ・マーケティングの実施が挙げられよう。かつて国民が一丸となって一つの国家目標を追求した時代とは異なり、いまや人々の関心や価値観は極めて多様なものになっている。米国の例などから、政策問題に対する人々の反応も実に多様であることが明らかになっている。企業経営でたとえれば、良い商品なら必ず売れるという考えは決して十分なものではない。ニーズや関心に合わせて品ぞろえを行い、それにふさわしい売り込みが必要である。まさに、ミクロレベルの戦略的マーケティングが求められる。そして同様のことが、いまや政策についても言えるのである。

 CPUは、政策の議論に加えてこうしたマイクロ・マーケティングの機能を果たす必要がある。今後消費税の議論を進めるなら、なおさらこの機能は重要になろう。税と教育のようにほとんどすべての国民に関係するような政策問題の検討と実施に当たっては、マイクロ・マーケティングは不可欠である。

 近年の政権において、こうしたCPUはほとんど存在しないか、または機能していないと見受けられる。内閣改造にあたって、こうした機能を充実させるような工夫も考慮されるべきであろう。

 政治のリーダーシップは極めて重要だ。同時に、いったんリーダーを選んだのなら、参加者はそのリーダーの方針に従うということもまた、民主主義のマナーである。つまり、リーダーシップとフォロワーシップはコインの両面になる。こうした好循環を実現するためにも、政策に関する国民との戦略的対話が欠かせない。CPUをうまく機能させた内閣こそ、大きな仕事をなしつつ長期政権をつくることができる。

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(日本経済研究センター 研究顧問)

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