2011.09.07

野田首相はやはり財務省傀儡なのか
その答えは古川国家戦略相の動きと国家戦略会議設置のための法案が握っている

〔PHOTO〕gettyimages

 野田佳彦・新首相は財務省の傀儡だという見方が根強い。何より、民主党への政権交代後、野田氏が副大臣・大臣と、一貫して財務省を担当してきたことが大きいだろう。財務大臣在任中にすっかり増税論者になった菅直人・前首相と二重写しになっていることもある。民主党代表選挙で早い段階から増税を口にしていたことも、国民に「やはり」と思わせた主因だろう。

 だが、「もしかしたら違うのではないか」と思わせる動きが組閣で起きた。古川元久・元官房副長官を国家戦略相兼経済財政政策担当相に任命。政官民による「国家戦略会議」の設置を表明したことだ。

 組閣2日後の9月4日付けの日本経済新聞は1面トップで、国家戦略会議の新設を「首相方針」と伝えた。また、「予算編成や税制改正、社会保障改革、環太平洋経済連携協定(TPP)など多国間・2国間の経済連携といった重要政策の指針作り」が会議の役割になると報じた。要は、小泉純一郎首相が構造改革時にフル活用した「経済財政諮問会議」の役割を復活させる、ということに他ならない。

古川元久氏が明かした「なぜ政治主導は失敗したのか」

 経済財政諮問会議は首相を議長に、内閣官房長官、経済財政政策担当相、総務相、財務相、経済産業相、日本銀行総裁と4人の民間人(経営者・学者)で構成されていた。「首相と女房役の官房長官が民間人議員と組めば、霞が関をバックにした各省大臣の意見を封じることができる点が最大のポイント」とかつての議員経験者が言うように、官邸主導の最強の武器として機能していた。権限は内閣府設置法に明記されており、閣議決定で設置される他の会議に比べて大きい。

 そんな官邸主導の仕組みに強く抵抗してきたのが霞が関だった。省益第一で自省の大臣を取り込んでも、首相に反対されれば木端微塵だ。しかも経済財政諮問会議の議事録はすべて公開のため、審議会のように官僚による議論誘導はできない。また、経済財政諮問会議によって示される「骨太の方針」によって、予算編成の中身が縛られるため、長い間、予算編成権を握り続けてきた財務省の反発は特に大きかった。

 当初、「脱官僚主導」を掲げていた民主党は、この経済財政諮問会議の機能を常設の「国家戦略局」に移す構想を練っていた。局への格上げを前提に作ったのが現在の国家戦略室で、その初代室長に内閣府副大臣として就いたのが古川氏だった。

 古川氏は大蔵省(現財務省)出身ということもあって、財務省ベッタリとみられることが多いが、現実はやや違う。大蔵省にいたのは6年間で、しかもその間、海外留学にも出ている。現役の財務官僚に言わせれば「雑巾がけもしていない」というのだ。2年間の浪人を経て、民主党の結党に参加、国会議員となった。

 そんな古川氏が繰り返し自身のニュースメールに書いている言葉が、「国のかたちを変える」である。それを「維新だ」とも言っている。霞が関の官僚を中心に動かしてきた「国のかたち」が今、限界に来ているのだ、という思いが強いようなのだ。

 東日本大震災の後、政府の役職から離れていた古川氏に、なぜ民主党が掲げてきた政治主導が行き詰まったのか、と聞いたことがある。すると「一番の失敗の原因は、まず政府のガバナンス改革をやり、権限と人員を整え、体制ができてから政策を実行すべきだったのに、民主党が圧勝した高揚感の中で、何でもできると勘違いして戦線を拡大し過ぎてしまったことだ」と語っていた。

 古川氏の言うガバナンス改革は、国のような行政機構で言えば、いちいち法律で決めるしかない。組織を1つ新設するにも法律が必要だ。社長のひと声で組織も人員も自由になる民間企業とはそこが違う。政権交代直後の国会に「政治主導法案」を出せなかったことが、民主党の政治主導が頓挫することになった敗因というのだ。

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