最新記事

インド

現代版ガンジーは汚職大国を変えるか

建国の父にならって白い民族衣装に身を包み清貧に徹するハザレは、ハンストで政府と戦う反汚職のシンボル

2011年9月27日(火)15時38分
山田敏弘(本誌記者)

新たな非暴力運動 ハザレのハンストにインド中が注目(8月18日) Jayanta Dey-Reuters

 インドに「21世紀のマハトマ・ガンジー」と呼ばれる人物が現れた。社会活動家アンナ・ハザレだ。彼の敵は汚職にまみれた金持ち政治家や役人。その一挙手一投足と死のハンストの行方にインド中の注目が集まり、地元メディアはインド版「アラブの春」とも報じている。

 ハザレは今月16日から、汚職撲滅に向けた要求が満たされるまで無期限のハンガーストライキを計画。実行直前に逮捕されたが、拘置所内でハンストを始め、それをきっかけにハザレの支持者が中心となってインド各地でデモが拡大。ツイッターなどのSNSを使って、首都ニューデリーでは少なくとも1万5000人がデモに加わった。

 経済成長を謳歌しているようにみられているインドだが、国民の間では進まない経済改革や物価高騰に加えて、汚職への不満がくすぶっている。

 イギリスから独立した後のインド政治は、ガンジーらの高潔さをしばらく受け継いでいたが、計画経済の厳しい許認可が原因で腐敗が蔓延。90年代の規制緩和でも汚職は減らなかった。

 特にこの1年間は立て続けにスキャンダルが浮上。ムンバイの退役軍人用住宅が一部政治家に不当に提供されていた問題や、昨年秋のコモンウェルス・ゲームズ(英連邦競技大会)の予算の多くを与党政治家がかすめ取っていたことが発覚した。

国会議員の大半が大富豪

 そんな腐敗だらけのインドで、なぜ74歳のハザレが変革のうねりを生み出すことになったのか。もともと軍人だった彼は、退役後に故郷であるマハラシュトラ州の村の再建に着手。食料や水が不足しアルコール依存症患者が蔓延していた村を10年間をかけて「環境に優しい村」に変えた。建国の父であるガンジーに倣って白い帽子と白の民族衣装クルタに身を包むハザレは、銀行預金も財産もない質素な生活を送っている。

 その名前が全国的に知られるようになったのは今年4月。汚職事件が相次ぐなか、ハザレはニューデリーで反汚職のハンストを始め、その様子は24時間ネットで報じられ、デモがインド各地に拡大。ハザレは一躍、反汚職のシンボル的存在になった。

 混乱がさらに広がるのを懸念した政府は、ハザレのハンスト中止と引き換えに、インド史上初めて閣僚や官僚の汚職を調査するオンブズマン制度の導入を認めた。ただ今月提出された法案が首相と司法幹部には捜査権限が及ばないという骨抜きの内容だったため、ハザレは再びハンストで抗議することを決めた。

 与党・国民会議派の対応が後手後手に回っている原因の1つは、総裁のソニア・ガンジーが現在、病気療養中で不在なことにある。このため党の方針決定がうまくいかず、若い世代によるデモに、年配者が牛耳る与党が対応できていないと指摘する声もある。

 結局、状況の深刻化を恐れた当局は、いったん逮捕したハザレをすぐに釈放。今月18日から2週間の期間限定でハンスト実施を許可した。ただ騒動はまだ収まる気配を見せていない。

 インドの市民団体「民主改革協会」による調査によれば、現職の国会議員の540人のうち300人が「大富豪」に当たる。議員が賄賂などで私腹を肥やした結果だとも指摘されており、汚職根絶にはまだ時間がかかる。

 民主主義国家を自負し、12億の人口を抱え、アジア第3の経済国家に成長したインドだが、世界の大国の仲間入りをするためには汚職撲滅が不可欠だ。現代版ガンジーの非暴力運動は、知られざる腐敗大国インドを生まれ変わらせることができるのだろうか。

[2011年8月31日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ファーストリテが一時4%超高、好調な4月のユニクロ

ワールド

米コロンビア大、全校規模の卒業式中止 ガザ反戦デモ

ビジネス

フランス自動車業界、2027年までにEV販売4倍増

ワールド

メーデー連休中の中国新築住宅販売、前年比47%減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 2

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 7

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 10

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中