ネットにおけるオープンマインドとネット規制の話

2011/8/17-1

インターネットが普及するにつれて世界が大きく変わって行く今日この頃ですが、ここ1週間ぐらい、ソーシャルメディアとオープンさに関しての話題が盛り上がっているようなので、ソーシャルメディア等による「オープンさ」が向かう先に関しての個人的な感想をダラダラと書いてみようかと思います。 結論を最初に書くと「ネットがオープンマインドになると反動でネット規制が増えそうだなぁ」という感じです。

まず、最初に前提として、ソーシャルメディア等の発展によって誰もが情報発信を行えるようになったことによって、様々なものが変化しています。 恐らく現在は過渡期であり、今後時間をかけて慣習や運用が生まれ、定着していくものと思われます。 今回の話題は、ソーシャルメディア等に対してどのような視点を持っているのかや、それらが今後どのような変化をもたらすと考えているのか、どのような慣習を定着させるべきなのかという各個人の考え方に色々なバリエーションが存在しているということだろうと思います。

もう既に世の中は、「今のネット」を前提として発展しているので、全ての人に「発信する情報を制限しろ」と言っても現実的ではありません。 一方で、全員が無差別に見聞きした情報をネットに発信してしまうと、問題が発生することもわかっています。 難しいのが、この問題は1か0という単純なものではない点です。 時間をかけて全体的な慣習が自然発生するまでは、様々なニュースが登場するものと思われます。

そもそも、人が他人の情報を漏らしてしまう「口が軽い人」の問題は、インターネットが誕生する前から存在しています。 しかし、いわゆる「ネットでの情報発信」を誰でも行える世界になったことで、「口の軽い人」が与える影響がこれまでとは比べ物にはならないほどの破壊力を持ったという話なんだろうというのが私の感想です。

無数の一般ユーザが作り出す「ニュースの現場」

無数の一般ユーザが情報発信を行ったときの素晴らしさに関して、個人的に一番印象に残っているのが、ハドソン川に飛行機が落ちたときにTwitterで状況が伝えられていたという「事件の現場からの生中継」系の事例です。

他にも、たまたま居合わせた現場からの「状況の中継」が多発したことによって「これが未来だ」というような流れが多く登場しました。

「公開」に関する考え方

「ソーシャルメディアで隠しごとをするのは不可能」という考えも増えつつあります。 「ほとんどがオープンになるソーシャルメディアの時代での心構え - ロケスタ社長日記 @kensuu」では、以下のように述べられています。

「ソーシャルメディアで隠しごとをするのは不可能」

だと思っています。

正確に言うと、自分がプライバシーだと思うものは完全に自分(もしくは非常に親密な仲)に閉じておくべきだし、そうでないのであれば、もうオープンしている情報と同じだと考えたほうがいいわけです。

他の人がいる飲み会にいっている時点で、それを隠せると思うこと自体が変というわけです。

世界最大の実名SNSのマーク・ザッカーバーグさんは

「Having two identities for yourself is an example of a lack of integrity.」
(2つのアイデンティティを持つことは、誠実さが欠けた例だよね」

といっていたりします。憎いですね。

この文章を見た時に真っ先に思い出したのがGoogleのエリック・シュミット氏による「知られたくないことがあるのであれば、最初からそれをすべきではないのかも知れない」という発言でした(エリック・シュミット氏による様々な発言をまとめた記事もあります「Huffington Post: Google CEO Eric Schmidt's Most Controversial Quotes About Privacy」)。

GAWKER: Google CEO: Secrets Are for Filthy People」にあるビデオから文字起こしをしてみると以下のような感じです。

If you have something that you don't want anyone to know, maybe you shouldn't be doing it in the first place,

But, If you really need that kind of privacy, the reality is, that, search engines including google, do retain this information for some time , and it's important, for example, we are all subject to the United States and to the patoriot act, and it is possible that the information could be made available to the authorities.

(訳) 知られたくないことがあるのであれば、最初からそれをすべきではないのかも知れません。

しかし、本当にそのようなプライバシが必要だと思っても、現実は、Googleを含む検索エンジンは、そういった情報を取得してしまうこともあり、そして我々はアメリカのパトリオット法に従わなくてはならないため、当局にそういった情報を提供することもあるということです。

実は、この話題は実名/ハンドル名/匿名議論とも多少繋がっているという印象を持っています。 Facebookのマーケティングディレクタ(現在はFacebookを辞めて新会社を立ち上げています)が「ネット上での匿名は消えるべきだ。("anonymity on the Internet has to go away.")」と発言したり、エリック・シュミット氏が「未来のWebでは匿名性はなくなる」と発言していることと、「ソーシャルメディアで隠しごとをするのは不可能」は無関係ではなさそうだというのが個人的な感想です(参考「匿名はネットから消えるべき」by Facebookマーケティングディレクタ)。

誰も隠しごとを出来なくなれば、自動的にネット上での匿名性も消えるのかも知れません。

技術の発展と「オープンな」ソーシャルメディア

隠しごとが出来なくなるのには、様々な要素があります。 自分で暴露してしまうという要素もあれば、他人の書き込みが手がかりになるという場合もあります。 さらには、顔認識技術等の発展も要素としてあり得ます。

ブログ、mixi、Twitter、Facebook、その他ネット上のサービスで自分が行った行為を赤裸々に書いてしまったがために炎上してしまうという事例が増えつつあります。 日本では、飲酒運転等の告白が最近話題ですが、 海外での極端な事例としては、たとえば、イギリスの暴動で略奪した品物をTwitpicに投稿したことによって逮捕されたという事件がありました。

自分の話ではなく、他人の行動をネット上に書いてしまうという事件も色々と発生しています。 話題になりがちなのが芸能人関連です。 一般ユーザがリアルタイム監視センサーと化しています。

今のところは、「犯罪自慢をするユーザの気が知れない」とか、「そんなの有名人だけの問題だよね。自分には関係ない。」という認識の方々も多い印象がありますが、そうとも言い切れなくなっていくのではないかというのが私の予想です。 今後は自分が書くのではなく他人が「報告」することによって何らかの事象が公開されて炎上するというパターンが増えるかも知れません。

これらのように直接的な行為の暴露だけではなく間接的に、「誰もが他人から暴露されてしまう」という状況から逃れられない未来が到来する可能性もあります。 先日、ソーシャルメディア上にある情報と顔認識技術を組み合わせて、任意の人物の社会保障番号を取得してしまうという研究が話題になっていました。

顔認識技術とソーシャルメディアを組み合わせて社会保障番号を解析してしまうというのは、自分が無害だと思って公開しているものや、他人が公開したものを組み合わせることで色々と出来てしまうという事例なのですが、こういった「名寄せ」で何ができるかに関しての研究は今後増えそうです。

Facebookなどのソーシャルメディアに投稿される個々の顔写真等は基本的に「無害なもの」として公開されていますが、何か他のものと組み合わせることで「できてしまうこと」が増えます。 とはいえ、このような「無害な公開」から完全に身を守る方法というのは、現時点では引きこもるぐらいしかなさそうなので、それを防ぐというよりも、世界がそういうものになりつつあると認識しつつ行動するぐらいしか方法が思いつきません。

ロンドンでの暴動と顔認識技術

ロンドンでの暴動に関連するニュースでも顔認識技術が話題になっていました。 監視カメラに映った暴動参加者と顔認識技術を利用しようというものです。

ロンドン警察は、暴動参加容疑者の写真をFlickrに掲載したりもしています。

さらに、クラウドソース(Crowdsourcing)によって暴動参加者を発見しようという試みも行われていました(これらはロンドン警察主導ではありません)。 一般人が撮影した暴動参加者写真と顔認識に関する「London Riots Facial Recognition」というGoogle Groupが登場したり(現在は非公開です)、「Catch a Looter」というページ(既に消えています)がTumblrに作成されたりしました。

このような技術が発展すると、たとえば、喫煙禁止区域で歩きタバコをしている人の写真を誰かが撮影したうえで顔認識技術を利用して検索を行い、その人の住所電話番号が晒されるというような事例が発生する可能性もありそうな気がします。

旅行などで海外に行ってその土地の風習を知らずに現地では「無礼」とされる行動をしてしまった瞬間に、その行為が実名とともに晒されるというところまで行ったら怖いなぁと思うことがあります。

とはいえ、このような流れは不可避なんじゃないかという意見は、その通りだと思います。 ネットやテクノロジーの進歩によって、誰もが情報発信が可能になったので、人々の記憶にだけ留まっていたものが、記録としてネット上に晒される可能性がある世界になったということなのでしょう。 ただ、その状態を見て、誰もが監視カメラ化される一種の相互監視社会のための土台が出来つつあるように感じている人もいる(私を含め)ので、意見がすれ違っているようにも観測できるんじゃないかというのが感想です。

公開される要素が増えることの恐怖

「オープンであること」が、「良いこと」であるという前提で会話が進む事がありますが、オープンにすることの弊害に関してレッシグ教授が語ったこともあります。 2009年に、オープンにすることの弊害に関しての記事を書きました「「透明性」って本当に副作用が無いの?」。

そこで「Naked Transparency」として、非常に多くの情報をダダ漏れ状態で出してしまうと必要に応じて都合の良い部分だけをまとめ上がられて本来とは違った誤った認識を助長してしまうということが述べられています。 ソーシャルメディア上で注目される記事を見ていても「人は見たい物を見るんだなぁ(自分が読む文章を含めて)」と思うことが多いので、確かに自説を強化するための要素が多ければ多いほど真実でない情報であっても信じやすくなるのかも知れません。

その他にも、たとえば、特定の誰かの給料をネット上に広く公開することは、その対象への憎悪を産む可能性があります。 レッシグ教授が「Targeted Transparency」と表現している恣意的な公開に属する「オープンさ」だと思います。

その他、宝くじに当たったという話や、遺産相続をしたという話も憎悪を生んだり、犯罪のターゲットにされる可能性もありそうです。 それだけではなく、その他に散らばっている個別の情報を集めることで、危険度を上昇させることも可能です。 誰かがその人の家に遊びに行った時にGPS情報付きの携帯電話写真をネットに掲載してしまうと、自宅住所がバレます。 そのうえ、ネット地図上でマーキングされたり、その情報を元に自宅前がストリートビューなどで公開されていたりするなど、色々な情報が集合することも考えられます。

重要なのは個別の情報なのではなく、集められて意味を持った「名寄せされた情報」だというのが私の感想です。

ネットはガチガチの規制に向かっている気がする

これからしばらくは、オープンなマインドを持って身近な情報を公開していくユーザが増えて行く物と思われます。 ソーシャルメディアが一般的に普及し、様々なユーザが流入することで、公開される情報の多様性も増えて行くでしょう。 プライバシーが死んだような状態になったり、先日書いた「リテラシーが高く、デリカシーが低い状態」が頻発する時代が来るだろうと予想しています。

今、目の前にある「ソーシャルメディア」は、つい数年前に開始されたものですが、オープンなマインドで公開される情報が爆発的に増えると、それに対して逆向きの力が働き、ネットに対する規制がドンドン増えて行って結果としてネットが凄く窮屈な場所になっていく可能性を最近感じます。

日本では、ネットの規制というのは事件が起きるか、問題点が問題点であると盛んに宣伝が行われてから強化されるイメージがあります。 この「事件」をどのような立場で観測するかによって、「口実を与えてしまった」と認識するか「これは規制せざるを得ない」と認識するかは変わりそうですが、「何かが起きて規制が増える」というイメージがあります。 ただし、非常に普及してしまったインターネット上で問題が起きるのを防ぐ事はほぼ不可能です。 そのため、基本的にネットに対する規制は今後強化される一方だろうし、それを防ぐ万能な手段があるとは思えません。

日本では、現時点では「国民を監視下に置く」という目的でのネット規制はありませんが、ネット規制発動に至る道中に「ユーザの行動」というのが少なからず影響を与えているという感想を持っています。

2000年代前半にP2Pトラフィックが急激に増えた結果、ISPが帯域制限を行う法的根拠の検討が進み、現在では多くのISPでの通常業務として各種帯域制限が実施されるようになりました。 2010年1月1日から改正著作権法(ダウンロード違法化)が施行されましたし、今年4月からは日本でも児童ポルノに対するブロッキングが開始しました。

判例の積み重ねという要素もあります。 2010年に、ネットへの書き込みに関しても「報道と同基準で真実と考える相当な理由を立証できる必要がある」という判決がでましたが(参考)、2011年には他社が書いた記事を再配信したヤフーにも名誉毀損で賠償命令が出ました(参考)。 ネットでの伝聞情報を再配信する際の各ユーザの責任が問われることも今後は増えそうです。

イギリスの事例

最近、イギリスでのネット規制に関連するニュースをよく見ます。

イギリスでは児童ポルノを遮断するという目的でブロッキングが導入されましたが、そのブロッキングの仕組みを使って著作権侵害行為を防ぐ命令が裁判所から出ました。 児童ポルノを目的として導入されたブロッキングの仕組みが著作権侵害対策に転用されるという事例です。

さらに、先日の暴動によって、イギリス政府がブラックベリーなどのメッセージングサービスを停止させたり、ソーシャルメディアへのアクセスを禁止したり出来ないかという議論が行われるとともに、ネット上の匿名性を制限する方法の検討も行われています。

今後もイギリスでのインターネットに関してのニュースが色々と登場しそうですが、ネット規制というのは事件や判例を経ながら少しずつ強化されるというのを実感できる事例が多く登場しそうです。

インターネットは非常に規制を行いやすい構造を持っている

インターネットそのものを運用する通信事業者などが「通信を出来るだけ成立させたい」と思っている場合には、インターネットは粘り強く通信を実現させる術を色々と持っています。 しかし、インターネットそのものを運用している通信事業者が「通信をさせない」ことに注力した場合、一般的なユーザは驚くほど無力です。

多少のユーザが抜け道を探るというのは可能ではありますが、塞がれてしまったら終わりな面もあります。 たとえば、国家がインターネットを遮断した場合を考えます。 エジプト全体が遮断されて通信不能になったとき、エジプト国内のインターネットユーザに対してダイアルアップでのインターネット接続性を提供するという試みがありましたが、その電話番号を通話不能にしてしまえば防がれてしまいます。 無線LANでメッシュネットを作るという発想を持っている人も居ましたが、長距離回線を確保できないと国外に出るのは難しいです。 衛星通信だと結構通信が可能でしょうが、その衛星回線を確保していることが前提ですし、衛星回線のジャミングも可能です。

中国のようなネット検閲に対しては、Torのような試みもありますが、プロトコルを遮断されたりゲートウェイを塞がれてしまうとツライ面がありますし、外部の協力者が大量にいないと成立しません。 VPNも、プロトコルそのものを全部遮断されてしまうと難しい場合があります。

さらに、ネット上に設けられた規制をくぐり抜ける行為そのものが違法化される場合もあります。 ということで、「規制されても抜け道はあるよ」というのは恐らくそうなのですが、大部分のユーザにとっては「規制が開始されたら規制されてしまう」というのがインターネットなのだろうと思います。

世界的なネット規制強化の流れ

とまあ、こんなことを書いといて「じゃあ、どうするのさ?」と言われると、特に答えが無いのが私の弱いところなのですが、本のネタとしてインターネットと国境に関して調べていたこともあり、「この先、インターネットそのものに対しての各国で規制が増えるだろうなぁ」という感想を漠然と持っています。

何が言いたいかというと、「ネットのオープンさ」を啓蒙しているつもりで、実は「ガチガチに管理されたネット」を間接的に推進していたとが後からわかってしまうというオチもありそうで怖いと考えています。 後で振り返って「あのときのあれは、あーだったなぁ」という感じだろうと思うので、実際のところは時間が経過して社会が変わってみないと、きっとわからないんですけどね。

おまけ: ダウンロード違法化に刑事罰?

2010年1月1日から改正著作権法(ダウンロード違法化)が施行されましたが、直後から日本のインターネットトラフィックが激減しました(参考: 改正著作権法と日本のインターネットトラフィック)。 2010年1月1日施行の改正著作権法には罰則規定がありませんが、それでも多くの人々にインターネット上での行動を再考させるという効果があったことが数値的に示されている事例だろうと思われます。

その改正著作権法に刑事罰をつけようという動きがあるようです。 このような動きを含めて、ネット規制に関するニュースが今後も色々とありそうです。

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