プラットフォーム戦略に勝利する『決め手』

続々舞い込む大ニュース


最近、IT/電機業界を震撼させるような大ニュースが次々に舞い込んで来る。厳しい栄枯盛衰のドラマはこの業界の常とは言え、自分もこの競争の端くれにいることもあって、一時の勝者があっというまに次の時代の敗者に転落していく様をまざまざと見せつけられるのは何だか背筋がゾクゾクする思いだ。



没落するかつての巨人


ニュースの一つが、Googleによるモトローラの買収、もう一つがヒューレット・パッカード(HP)のパーソナル・コンピューター(PC)事業分離検討およびwebOS終息計画の発表である。両者ともモトローラは携帯電話業界で、HPはPC事業で、それぞれ業界を代表する巨人だし、つい最近までは業界の主役の座にいた。それはさほど遠い昔というわけでもないのだが、気がつくと敗者の位置に追いやられてしまっている。これに先駆けて、携帯電話業界のもう一人の巨人、ノキアの大規模なリストラと巨額を投じた Symbian OS開発部隊をアクセンチュアに譲渡するという報道が東日本大震災の激動が覚めやらぬ本年の4月にあったばかりだ。これも非常に驚くべきニュースの一つであり鮮烈な記憶として残っている。ほんの2〜3年前には、私自身、この巨人達の巻き返しがどのようなものになるのか非常に注目していたものだ。だが、結果は惨敗というしかない。HPなど、現段階でまだPC市場シェアトップのはずだから、潔い決断はむしろ賞賛されてしかるべきかもしれないが、戦略転換に伴う活気はまったく感じられない。

Google、モトローラを1兆円で買収、ハードウェアとソフトウェア保持企業へ - PRONEWS
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110821-00000003-rbb-sci
ノキア、7000人の人員削減へ - Symbian OS開発部隊はアクセンチュアに譲渡 - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)



プラットフォーム戦略


明暗を分けたのは、『プラットフォーム戦略』における勝敗であることは、もはや誰の目にも明白だ。Googleやアップルというプラットフォーム戦略の巧者の前には、かつての巨人たちもなす術がない。最近は多少ビジネス書をかじった者なら誰でも比較的安易に『プラットフォーム戦略』を口にするようになった。だが、このプラットフォーム戦略に勝ちのこるための勝利条件は、ということになると、専門家の間でもかなりの意見の相違が見られる。これがにわか戦略家ともなると、何が勝利条件なのかまったくわかっていない人が多いと言わざるをえない。この新しい戦場では、従来のビジネスの常識は全面的にとまでも言わないまでも、かなりの部分突き崩されてきていて、従来とは様相がガラッと変わって来ているのだから無理もないとも言える。
情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(6):1社単独のビジネスでは、先は見えている - ITmedia エンタープライズ



勝利条件は?


例えば、PCだが、昨今いわゆる市場価格が低迷し、コモディティ化が進んだため、コスト競争力に勝る新興国企業に競争力がシフトしてきていると言われる。如何にHPが世界最大のシェアをもとうと、収益の悪化は避けることができず今回の決断に至ったと見られる。日本のPCメーカーの立場もほぼ同じと言っていい。だが、一方で、アップルのPC事業は非常に好調に見える。米DisplaySearch社によれば、ノートパソコンとタブレット端末を合わせた2011年第2四半期のモバイルパソコンの世界市場はアップルがHPから首位の座を奪っている。
http://www.computerworld.jp/topics/658/%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%AB/200561/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB%E3%80%81%E3%83%A2%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%ABPC%E5%B8%82%E5%A0%B4%E3%81%A7%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%81%AB


また、資金の投入額自体も勝利条件とは言えないようだ。ノキアは2010年度に約43億ドルもの予算を研究開発に振り向け、とくにSymbianの開発には14億ドルも投じていたとされるが、これはアップルがiPhone開発に使った7億7200万ドルに比べて倍近い額になるという。資金が豊富に使えることは勝利への必要条件ではあっても十分条件とは言えないことは明らかだ。
ノキア、7000人の人員削減へ - Symbian OS開発部隊はアクセンチュアに譲渡 - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)


では、業界での経験についてはどうだろう。Googleは今や自社で販売するスマートフォンであるNexus Oneを投入したれっきとした携帯電話メーカーだ。ただ、自社サイトからの限定販売としたこともあって、販売台数ではモトローラの主力商品の足下にも及ばない。携帯電話業界での経験という意味では圧倒的にモトローラの勝ちであることは明白だ。だが、今回の買収騒ぎがなくとも、今や携帯電話事業での将来性という点では誰一人モトローラに軍配をあげることはないはずだ。


今回モトローラを買収しようとするGoogleの目的は、モトローラが大量に保有する特許であると言われているが、そうだとすれば、狭義の技術イノベーション、技術力/特許力もそれだけでは勝利条件ではないということになる。


では、一時期IT業界では金科玉条のように言われてきた、スピード優位、先行者利益についてはどうだろう。同じ条件なら、スピードが早い方が有利に決まっているし、決裁や社内会議で延々と時間を浪費する日本企業を見ていると、多くの日本企業の失敗の原因は判断スピードが遅いことにあると言いたくもなる。だが、無理をしてでもスピードをあげたほうがいいと言わんばかりのスピード競争による先行者利得は本当にITビジネス必勝の法則と言えるのだろうか。検索エンジンで先行したのはYahoo!だったが、今や世界的なシェアを持つのは後発のGoogleだ。MicrosoftのビジネスソフトのOficeやWebブラウザーInternet Explorerともいずれも後発だ。Palmで一世を風靡したwebOSも後発のアップルのiOSGoogleAndroidとではもはや勝負にならない。
日々雑感: 後出しジャンケン

『コスト競争力』 『品質』 『シェア』 『資金力』 『事業経験』 『経験曲線』 『技術イノベーション』 『特許力』 『先行者利益』


いずれもそれだけでは決め手にならない。よく『プラットフォーム戦略』を単なるソフトの規格争いの次元で考える人もいまだに少なくないが、それも決め手にはならない。技術力があってイノベーションに富んだベンチャー企業がそれだけで急成長して成功するケースもないわけではない。だが、それはプラットフォーム戦略の主役ではなく、補完者に過ぎない。プラットフォーム戦略で勝利するGoogleやアップルに買収される企業がその典型だ。



決め手は『場の支配力』


では、何が決め手なのか。端的に言えば『場の支配力』、ということになる。求心力のある『場』を作りそれを絶えず進化させることのできる力、それが『場の支配力』であり、その力のあるものだけが競争に勝利し、市場を総取りする。『場の支配力』を持つ企業(人)は、外部ネットワーク効果の威力を最大限味方につけ、生成された場は独自のエコシステム(生態系)を作りあげる。そして、そのようなエコシステムをつくりあげ、進化させることができれば、上記の要素は自ずとそこに集まって来る。そして、『場の支配者』にビジネス上の巨大な成果(利益)をもたらす。Google、アップル、Facebook、アマゾン、日本企業で言えば、ソフトバンク楽天、グリー等がその代表で、具体的な成功についてはもはやここで語るまでもない。



物理学ではなく生物学


もちろん、上記要素を『場』を生成するために、最大限活用することは重要だ。だが、繰り返すが、それだけでは十分とは言えない。決定的に重要なのは、インターネットによって急速に変革を迫られている人々や社会のほうを理解することにある。従来のビジネスは言わば『デカルト的』な因果律の世界を前提にしていた。全体は個々の積み上げによってなり、市場には分析可能な明確な因果関係があり、科学的に解明でき、定量化できる。だから、企業は圧倒的な資金力で市場を分析解明し、広告宣伝/広報によって情報をコントロールする。市場の分析、予測、識別は企業の組織力/資金力に依るところが大きかった。それはまた、すべては予測可能/計算可能であることを前提にしていたニュートン物理学の世界と言ってもいい。だが、エコシステムに支配される市場を理解するのに必要なのは物理学ではなく生物学のほうだ。物理学というなら、ニュートン物理学というより量子物理学のほうがより正確なアナロジーというべきだろう。そこでは個々の総和は全体ではありえない。単純な因果関係だけで成り立っているわけではない。分析や統計より、全体の理解と直観が大事だ。個別の技術を語るより、世界観を語り、物語を構築することがずっと重要になる。


自然イノベーションではなく社会イノベーション


イノベーションには二つの方向がある。いわゆる自然科学を相手にするイノベーションと社会のニーズを相手に世界観/コンセプト/仕組みを生み出すイノベーションだ。プラットーフォーム戦略を勝利するためには、この社会イノベーションに勝利することが実のところ不可欠で、かりに最初のうちは技術イノベーション中心に走ったとしても、社会イノベーションがないと早晩勢いは止まるか競合相手に易々と真似されてしまう。しかも市場では時を経るに従って、ますますそういう傾向が見られる。プラットフォーム戦略で勝利している企業や経営者はほとんど例外なく、自らの『世界観』にこだわって見えるのはそのせいだ。



日本企業にチャンスはあるか


日本のIT企業ももちろんこの市場での競争を余儀なくされている。だが、大企業を中心とした日本企業では、今でもプラットフォーム戦略自体の重要性さえ理解されていないケースも珍しくない。しかもかつて何らかの成功体験を持つ企業ほどそういう傾向がある。このままではかつては世界を席巻した日本企業も時代のあだ花として消えて行くことは避けられないと思う。そうならないために残されたチャンスがあるとすれば、かつての成功体験をまずは一度完全に忘れて、新しい競争条件を真剣に学んで出直すしかない。