【シェアな生活】読書は人生で一番リッチな時間だと思うから――『ガケ書房』山下賢二さんインタビュー(3/4)

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ガケ書房店長 山下賢二さん


京都の『ガケ書房』は、新刊書籍・雑誌を置く「普通の街の本屋さん」でありながら、店内には古本を売りたい人や店に場所を提供する『貸し棚』や、出店・イベントを受け付ける『もぐらスペース』など、店の一部を“シェア”する仕組みもあるユニークな書店だ。『ガケ書房』の店づくりのアイデアはどこから生まれているのか? また、ネット書店や電子書籍についてどんな風に考えているのかについて、『ガケ書房』店長・山下賢二さんにインタビューで聴いた。
※連載シリーズ『シェアな生活~共有・共感・共生がもたらす新しいライフスタイル』関連記事です。

登場人物:
山下=山下賢二(やましたけんじ)。京都市左京区北白川の書店『ガケ書房』店長。
聞き手=ガジェット通信記者・杉本恭子

●生活スタイルを発見する街で本を見つめたい

ガケ書房の天井画もひそかに人気

――『貸し棚』や手作り雑貨のの出店者さん、アーティスト、そしてごく普通の町の本屋さんのお客さんたちとの関係性は、温かいしダイナミックな動きがありますね。こういった関係が成立するのは、京都あるいは左京区という風土も影響すると思いますか?

山下:お店を京都で開こうと思ったときに、若者がいる地域でやったほうがいいなと思ったんです。それで、河原町の繁華街と学生さんが多い左京区の両方を見たんですが、ふたつの町は完全に目線が違う。河原町は東京的に流行を追いかけて先へ先へと行こうとしているけど、左京区は自分の足元の生活スタイルを発見しようとしていて。家賃も全然違いましたが、僕も流行を追いかけるタイプじゃないし「左京区やな」と思いました。

――『ガケ書房』を同じ京都でも河原町に持って行ったり、あるいは大阪や東京に持っていっても同じものは成立しない。

山下:僕はお客さんに合わせようとするので、まったく違う商品構成になると思います。ただ、流行が廃れるのは本当に早いから棚や店の中がもっと荒れるでしょうね。ファミリーの皆さんが来る商業施設の大型書店の実用書コーナーで働いたことがあるんですけど、料理本や子育て本って秒単位でぐちゃぐちゃになるんですよ。それを整理する作業だけで一日の大部分が過ぎていきました。それに、流行を追いかける街は、本を読む人がもっと少ないです。今はそういう時代じゃないから。本当に本を見つめてやっていくなら、そういう街でやるのは難しいなと思っていますね。

――本を見つめたい。山下さんにとっての本はどういう存在なんですか?

山下:ぜいたく品。今、僕が一番リッチな時間は、コーヒーを飲みながら自分の好きな本を読んで過ごす休憩の2時間です。コーヒーなんて200円くらいだけど、時間としてはすごいリッチやなあと思います。そういう喜びや楽しみを自分で体感してくれる人が増えたらいいなあと思うんですけど、子どもの頃から本を読む習慣がなかったらなかなか難しいのかな。僕もだけど、テレビで育っている人が多いから。

テレビってすごく親切ですよね。全部テロップが出るし、与えられる情報に対して受け身でいたら想像力を働かせなくていい。でも、能動的に物語の世界に入っていくことや、新しいことをしようとすることは、人生ですごくリッチな時間じゃないかと思っています。本は文字から想像力を膨らませなければいけないけれど、膨らませたらテレビなんかよりもっとすごい映像が頭のなかに生まれます。情報量が少ないもので自分の楽しみを発見していくのは、本当にリッチな体験じゃないかなと思うんですけどね。

●リアル書店にはハプニングがある

ガケ書房 書籍のスリップをしおりに!その発想の転換が楽しい

――さきほど、空間づくりの面白さに気づいてお店をやろうと思ったとおっしゃっていましたが、書店という業態を選んだ理由には本や本屋さんに対する特別な思いもあったのでしょうか。

山下:そうなんです。子どもの頃からみんなに嫌がられるほど本屋好きで。とにかく、本屋って刺激がいっぱいなんです。次から次へと面白い情報が並んでいて、店中の本を読みたくなってずっと立ち読みするから、店主には嫌な顔をされるし、友達には「まだぁ?」って言われるし、お母さんには「あんた、ええかげんにし!」って怒られるし(笑)。とにかく一回本屋に入ると長かったですよ。

――それは、図書館じゃなくて本屋じゃないとダメなんですか?

山下:図書館は家の近くになかったしあまり連れて行ってもらえなかったんです。本屋には行くけど買うわけでもなくて。

――手に入れたいというわけではないんですね。

山下:そう。置いてある本を全部見たいっていう(笑)。「また、あいつ来よったで」と本屋の名物になっていましたよ。家から電話がかかってきて「まだいますか? そろそろ帰らせてください」と言われたりね。本屋という刺激空間が好きだったから、僕もそれを再現したいという気持ちもあるのかもしれない。ネットショップではありえない、対面で新しい情報が次から次へと並んでいる空間が大好きだったから。

――情報がどんどん得られるという意味では、インターネットも自分から情報をゲットしに行けますよね?

山下:インターネットとリアル書店の大きな違いはね、リアル書店にはハプニングがあるんです。たとえば、たまたま別な棚にあった右翼の本を持ってきた誰かがめんどくさくなって、料理本のコーナーにポンと置いていったりする。そしたら、次に来た人が「今晩のおかずのヒントになる本ないかなぁ……右翼の本? ええっ!!」と急に意識が飛んでいくんですよ。で、それを手に取って結局買って帰るというような意図せぬ出会いがある。

インターネットは目的の情報があれば検索できるし、『Amazon』のページには「この本を買った人はこの本も見ています」と表示されますが、あくまで似たような傾向のものしか出てこない。自分の予想もつかないような情報に囲まれるような経験ってできないんですよ。リアル書店では、棚の間を歩いていたら検索しなくても、出会いがあるし未知の情報が目に入ってくるじゃないですか? だから、ネット書店では知っている本を“目的買い”して、リアル書店は“目的外買い”をしたらいいと思うんです。知らない本にはリアル書店で初めて出会って買うべきですよ。

――たしかに『ガケ書房』には、必要な本を探しに来ることはあまりないかも(笑)。

山下:ほんまにそうなんですよ。だいたい、うちには欲しい本や目的の本は置いてないんですよね。「あの本はありますか?」「いや、すみません。無いです」って話した後に、棚を見て全然違う本を買って帰らはるんです(笑)。特定の本を探しに来て全然違う本があることを発見されるのもまたうれしいですね(つづく)。
 
山下賢二さんプロフィール
1972年京都生まれ。21歳の頃、友達と写真雑誌『ハイキーン』を創刊。その後、出版社の雑誌編集部勤務、古本屋店長、新刊書店勤務などを経て、2004年に『ガケ書房』をオープン。外壁にミニ・クーペが突っ込む目立つ外観と、何が起きるか分からないスリル、そしてワクワクする書籍・雑誌、CD、雑貨・洋服などの品ぞろえで、全国にファンを持つ。これからやりたいことは「『ガケ書房』が出版する本を作ること」。
 
ガケ書房
http://www.h7.dion.ne.jp/~gakegake/
京都市左京区北白川下別当町33
075-724-0071
 
 

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Kyoko Sugimoto

京都在住の編集・ライター。ガジェット通信では、GoogleとSNS、新製品などを担当していましたが、今は「書店・ブックカフェが選ぶ一冊」京都編を取材執筆中。

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