水準点と三角点/相模野基線を見に行く

国土地理院地形図を見たことはありますか。
現在,5万分の12万5千分の11万分の13種類の縮尺の地形図が発行されています(姉妹品に,縮尺20万分の1地勢図などがあります)。 日本における官製地図というわけですね。
その中で基本図とされているのは,現在では2万5千分の1地形図,ひと昔(もう少し前か…)までは5万分の1地形図で,一律の約束にそって作成された地図日本全土をおおっています。

さて,その地図の本体を見る前に,右側にある凡例を見てみましょう。 そこに,地図作成上の約束,これを図式というのですが,それが並べられています。 つまり,地図記号一覧。 たいていの記号は,それが何を表しているのか,すぐわかりますよね。
凡例
ところで,はその凡例の一部です。 各種の境界線の記号が並んでいます。 ま,これもわかるでしょう。
ところが,その下にある水準点(正方形の中に点)と三角点(三角形の中に点)。これって,何でしょう。右側の標高点なら,わかるけど…。 その左側にあって,数字が書いてあるから,やっぱり標高に関係があるのでしょうか。

水準点は“高さの基準点”

その前に,2万5千分の1地形図実測図とよばれる種類の地図です。 字で書いたとおり,実際の測量データから直接作られた地図という意味。(全国の2万5千分の1地形図が完成する以前は,5万分の1地形図実測図でした。より詳しい実測図が完成した今,5万分の1地形図は2万5千分の1地形図を半分(大きさは4分の1)に縮小したもの4枚を貼りあわせて,そこから編集して作ります。このような種類の地図を編集図といいます。)
ところで,地図を作成するためには2つの種類の測量が必要です。 1つは高さの測量。これを水準測量といいます。 もう1つが位置の測量。これは三角測量という方法で行われます(“行われていた”と言ったほうがいいかもしれません。詳細は後述)。

勘のいい人はお気づきですね。
水準点とは,その水準測量を行う際の基準点です。 つまり,高さの基準点というわけ。
各地点の標高(海抜高度)は,海水面を基準として求められます。 日本では,離島を除いて東京湾の平均海面が基準。 そこを出発点に,順々に高さの差を計測してそれを累計していくわけです。
といっても,その都度,東京湾から測量するのは大変ですから,精密な測量によってすでに標高の求められているが,一定の密度で設置されています。それが水準点というわけで,実際の測量はこの水準点のデータをもとに,行われるのです。
そのおおもとは,むかし陸軍参謀本部のあった東京都千代田区永田町国会議事堂前の公園に設置されている
日本水準原点です (敗戦で陸軍が解体されるまでは,参謀本部陸地測量部が地形図を作成していたのでした。つまり,地形図はもともと軍用地図だったのです)。 その標高は,24.4140m。ちょっと細かい端数があるのは,1923(大正12)年9月1日の関東大地震(関東大震災)で少しだけ沈降してしまったからです (もともとは24.5000mとされていました)。
ここを出発点に順々に測量が行われて,それぞれの水準点標高が決定されたのです(水準原点標高はもちろん,まっさきに東京湾から測量した求めたのですね)。 順々に測量するとき,それは街道に沿って行われました。 だから,水準点の多くはそのときの街道沿いに一定の間隔で設置されています。
水準点(1)
これは,神奈川県相模原市橋本6丁目神明大神宮入口にある水準点。 道路からほんの少し奥へ入ったところにあるのですが,この神社の前を南北に走るこの道路は,むかし八王子街道とか大山街道とよばれた街道です(大山街道で一番有名なのは,東京・三宅坂から渋谷,三軒茶屋を経て厚木の方へ伸びる別名・厚木街道,つまり国道246号線の旧道なのですが,盛んだった大山詣でのために,周辺から何本も大山街道があったのです)。 この石造りの標識は,ずいぶん古いタイプのものですね。
水準点の中には,最初の水準測量の際に通った街道に沿って設置されているものが多くありますから,それをもとに昔の街道の経路が割り出せることもよくあります。 ただしこの水準点に関しては,大山街道というよりは,次に登場する国道16号線の旧道という意味のようです。 (99. 5.23 撮影)

水準点(2)
でも,後に新道が建設された場合,そちらの方に改めて新しい水準点が設置されることもあります。
これはの旧道沿いの水準点から歩いて2〜3分のところ,国道16号線国道413号線の交差点から南へ少し,西側(ダイエー側)の歩道上(西橋本5丁目)にある水準点です。
この区間は,橋本市街地(ちょっと寂れ気味ですが)を避けて1本西に設けられたバイパスにあたります。 の水準点よりもずっと新しいこちらは,金属製の標識になっていますね。 (99. 5.23 撮影)
もし,お近くに主要国道(特に番号が2桁までの国道)が通っていたら,その端っこの方をよく見てみましょう。 このような標識が埋め込まれているかもしれません。 それが水準点で,あたり一帯の高さの基準点というわけなのです。

三角点は“位置の基準点”

水準点に対して,三角点三角測量,つまり「位置についての測量」をするための基準点です。
「位置」とは,この場合まずそれぞれの地点の緯度・軽度のこと。 ここでは標高二次的な要素になります。 三角測量(位置の測量)は,すでに測量済みで位置の確定した測量点(三角点)から次の測量点(三角点)見とおすことで行われました。
だから,三角点が設置されるのは,遠くから見とおすのによい目印となる独立峰頂上などが好んで選ばれています。 平地の真ん中なら一本杉一本松などが選ばれることもあるし,東京下町のような市街地ではビルの屋上三角点が置かれることもあるようです。 地形図の中で三角点の記号の脇に書いてある数字は所在地の標高を表すわけなのですが,海抜0m地帯の下町にある三角点標高が突然9mだとか10mだとかするのは,それが地面の高さではなく,ビルの屋上の高さを表しているのだと思われます。 三角点標高二次的な要素というのは,そういう意味でもあります。

さて,そのような三角点中の三角点,つまり日本の位置の原点は,東京都港区麻布台(あざぶだい),現在のロシア大使館の裏手にあたる東京天文台跡(現在は三鷹市にあります)にある 日本経緯度原点です。 ここでかつて天文測量が行われて,北緯35度39分17秒5148,東経139度44分40秒5020という位置が求められました(なお,この数値はまもなく新しい測量システム導入されると修正される予定です。この詳細も後述)。
で,ここを原点として全国の三角点緯度・経度が決定されています。
でも現実の測量は,ここからではなく,全国に何ヶ所か設置された基線とよばれるを出発点に行われました。

三角測量の原理
ここで,三角測量原理を説明しておきましょう。
三角測量は,三角形の次のような性質を原理としています。 のような三角形を想定しましょう。 このとき,

とします。 今ここで知りたいのは,頂点Cの位置です。
それは3つの情報に加えて, か,あるいは かすれば,頂点C位置が確定することになります。
三角測量は,これを現実の地球表面に応用したものです。 このとき,測量の出発点として,の三角形の辺ABにあたる基線とよばれるものなのです。 以前は,辺ABの両端の角度,つまり頂点Cへの方位を計測していたのですが,距離を精密に計測する高性能な器具が利用されるようになってからは,3辺の長さ(距離)を計測する方法が用いられています。

関東地方で,その基線として設置されたのが,神奈川県相模原台地に引かれた相模野基線です。 以下,下の地図を見ながら,三角測量具体的な手順を説明しましょう。

相模野基線地図

測量は,次の手順で行われます。
  1. はじめに,基線北端(A:三角点名「下溝村」相模原市麻溝台[あさみぞだい])基線南端(B:「座間村」座間市ひばりが丘)位置(経緯度)と,両地点間(AB)の距離正確に計測する
  2. 基線ABを底辺に,西愛川町中津中津小学校付近三角点「鳶尾山」(C)鳶尾山(とびおさん)そのものは,中津川をはさんだ対岸の厚木市にあります]を頂点()とする三角形を想定し,頂点C位置を計測する。
  3. 同様に,基線ABを底辺に,高尾山(横浜市緑区長津田町)にある三角点「長津田村」(D)を頂点とする三角形を想定し,頂点D位置を計測する。
  4. この結果,両三角点を結ぶ線CD位置長さが確定する。
  5. そこで,今度はこの線CDを底辺に,東京都多摩市連光寺天王森公園にある三角点「連光寺村」(E)を頂点とする三角形を想定し,頂点E位置を計測する。
  6. 同じく,線CDを底辺に,大磯町 高麗山公園にある三角点「浅間山」(せんげんやま)(F)を頂点とする三角形を想定し,頂点F位置を計測する。
  7. この結果,両三角点を結ぶ線EF位置長さが確定する。
  8. 次に,この線EFを底辺に,西丹沢山にある三角点(G)を頂点とする三角形を想定し,頂点G(丹沢山)位置を計測する。
  9. 同じく,線EFを底辺に,鹿野山(かのうざん:千葉県)にある三角点(H)を頂点とする三角形を想定し,頂点H(鹿野山)位置を計測する。
  10. こうして,丹沢山(G)鹿野山(H)位置が確定する。これに東京経緯度原点(O)を加えて,この3点を頂点とする三角形OGHが確定する。
こうして確定した大きな三角形の各辺を出発点に,全国の主要な三角点位置が次々と確定されます。 これらの三角点を結ぶと,平均辺長45kmの三角形が日本全土をおおうことになります。これが一等三角点網で,全国各地点の位置は,この一等三角点位置をもとに決定されるのです。


相模野基線を見に行く

そこで,その相模野基線を見に行ってきました。

ところで,なぜ相模原台地基線が設置されたかというと,東京から比較的に近くて,平坦見晴らしがよく,そして測量の目標として重要な丹沢山鹿野山がよく見える,なんてあたりに理由があったように思います。 1921(大正10)年頃の地図を見ると,このあたりは一面の桑畑だったようです。ならば,見とおしはよかったでしょうね。
とりあえず,それだけ予習しておいて,見に行きましょう。

基線北端(1)
さて,これが基線北端標石です。
所在地は相模原市麻溝台(あさみぞだい)4丁目市立麻溝台中学校の西隣といった位置にあります。
かつて一面の桑畑だったこのあたり,相模原市では比較的に市街化の遅れている地域で,少し前まで養鶏がとても盛んであちこちに鶏舎(跡)が建っているのですが,そろそろここも宅地化が進み始めています。 それに,すぐ近くは工業団地だったりします。 (99. 5. 5 撮影)

基線北端(2)
だから,ここから南端の方を望んでみても,こんな状態。 隣の敷地の向うだって見とおせませんね。 でも,丹沢はまだよく見えます。 (99. 5. 5 撮影)

基線南端(1)
こちらは基線南端座間市ひばりが丘1丁目の医院の敷地内にあります。 (99. 6. 6 撮影)

基線南端(2)
こんな感じ。だから,探すのに苦労しました。 1度では見つけられず,2度目にやっと見つけたのです(同じように基線を歩いた人のレポートが図書館にあって,それでわかったのでした)。
どこにあるか,わかりますか?  玄関の階段の手前にある標石が目印です(でも,この標石は三角点ではありません。「ここに基線南端の三角点がある」ことを説明した標石です)。 (99. 6. 6 撮影)

基線南端(3)
このあたりは,北端よりもずっと宅地化が進んでいます。 だから,北端の方をみても何も見えるはずがありません。 (99. 6. 6 撮影)

基線中間点(1)
本来,基線測量には両端の位置がわかりさえすればいいのですが,現在では基線中間点にも三角点が置かれています。
その中間点(座間市相模が丘2丁目)の標石は,この緑色の丸いふたの下。
ここは小田急相模原駅の近くの住宅地の中。 3点の中ではもっとも早く,1960年代からすでに宅地が始まっていた地域です。 すぐ近くに公衆浴場がありますが,それはつまり,内風呂が普及する前に宅地化された,ということを意味しますね。 (99. 5.23 撮影)

基線中間点(2)
北端でもそうなのですが,中間点には基線の役割を詳しく説明した案内板が立てられています。 みんなが基線測量について関心を持ってくれるといいのですがね。 (99. 5.23 撮影)

高尾山
基線を離れて,ここは横浜市緑区長津田のはずれ(横浜市・町田市・大和市の境が接するあたりです)の高尾山。もちろん,八王子高尾山ではないし,ほんの小高い丘に過ぎないのですが,高尾山神社の小さな祠(ほこら)があります。
で,ここが基線を底辺とする東側の三角形頂点にあたります。手前に写っている四角い石,これが一等三角点「長津田村」の標石です。 この三角点と対になる西側の頂点鳶尾山向う側うっすらと見える山々の峰の1つがそうです(ただし,すでに述べたとおり,一等三角点「鳶尾山」この山自体ではなくて,手前の台地上にあります)。
それにしても,ここからの見晴らしは最高です。三角点が置かれるにふさわしい場所ですね。 (99. 6.12 撮影)


新しい測量法

こうして三角点の位置が測量され,個々の地物の位置が決定されます。
つまり,三角測量というのは(実は水準測量も)すでに位置のわかっているを基準にして,お互いの位置関係で次のの位置を確定していく,という測量方法です。 もちろん,一方向から測量していたのでは誤差が大きくなるから,実際はいくつもの方向から測量を行って,誤差をできるだけ小さくするようにしています。 ところが,このような測量方法は実は今,過去のものになりつつあります

かわって導入されつつあるのが,人工衛星を利用した汎地球測位置システム Global Positioning System(GPS)による測量です。
実はこれは,カー・ナビゲーション・システム自動車の現在位置を知るのと同じシステムで測量を行うものです。 1つ1つの三角点の位置は,人工衛星から発射される電波を受けて,その受け取り方によって位置(経緯度)高さとが短時間で計測されます。 つまり,他の三角点との位置関係ではなく,その三角点自体位置が確定するというシステムなわけ。

ところで,この新しい測量方法とそれによる位置表現システムを導入するにあたって,問題になる点がありました。
三角測量によって,経緯度原点を基準に日本国内だけで位置の測量を行っている間はあまり問題がなかったのですが,GPS測量のように全地球規模にリンクされたシステムで位置の測量を行おうとすると,それまで日本国内で使用していた経緯度の計測値“世界標準”となっている経緯度の計測値との間に微妙なズレのあることが問題になったのです。 それは経緯度の計算に用いた地球の形と大きさについてのデータに微妙な違いがあったからなのですが,私たちの日常生活には何ら影響のない誤差なのでここでは無視しましょう。
要は,日本も新しい測量方法を導入するにあたって,西暦2000年を目標に世界標準経緯度測定値に切り替えることになった,ってことです。
その結果,経緯度原点をはじめとして全国の三角点経緯度少しだけ修正されます。とは言っても,数値が変更されるだけであって,少し前の新聞が大騒ぎしたように日本列島の(絶対的な)位置が移動するという話ではありません。

ともかく,21世紀に入って新しい測量方法が主流となる頃には,水準点三角点も,その役割と性格を大きく変えていることでしょうね。


参考文献:「三訂版 地形図の手引き」日本地図センター(1999)


三角點寫眞館  【NOVA:新着】00. 7. 5
*全国には10万点以上の三角点が設置されています。
その三角点の写真をできるだけたくさん集めようとしているサイト。
三角点の変り種や,三角点の探し方なども紹介しています。
なお,このサイトは私のサイトではありません。


地理のページへ戻る


1999. 6. 8
ISIDA Satosi