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【政策会議日記2】介護保険はどう変わる(社会保障審議会介護保険部会)

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

社会保障審議会介護保険部会

12月20日午前に、私も一委員として出席した第54回社会保障審議会介護保険部会で、「介護保険制度の見直しに関する意見」が取りまとめられました。これまで介護保険部会では、2015年度からの介護保険制度をどのように改善してゆくかを議論してきました。

この意見書には、賛否両論がありますが、私が議論に加わって取りまとめた内容の中で、重要な点を挙げると、

  1. 一定以上の高所得の高齢者からは、利用者負担を増やす
  2. 低所得だが資産を多く持つ高齢者には、施設入居時の給付をやめる
  3. 症状が比較的軽い高齢者向けの介護サービスの多くを、全国画一的でなく市町村に裁量を与え独自に行えるようにし、地域のニーズを反映しやすくする

などが盛り込まれました。これらを行うことで、2025年を目途に「地域包括ケアシステム」の確立を目指すべく、介護保険の仕組みをメリハリ付けして持続可能なものにするのに資するでしょう。ちなみに、地域包括ケアシステムとは、介護が必要になった高齢者も、住み慣れた自宅や地域で暮らし続けられるよう、医療や介護や生活支援等を各地域で一体的に行う仕組みです。

そもそも、介護保険制度は、2000年度に始まり、3年間を1つの計画期間として運営されてきました。40歳以上の人が全員介護保険に加入して保険料を払い、原則として65歳以上の人で要介護認定を受けた結果介護サービスが必要な人(要介護者あるいは要支援者)が介護サービスが受けられる仕組みとなっています。ちなみに、要介護認定は、介護が必要な度合いが軽い方から重い順に、要支援1、要支援2、要介護1、要介護2、要介護3、要介護4、要介護5となっています。要介護者や要支援者が介護サービスを受けたとき、かかった費用の1割分が利用者負担となり、残り9割が保険料と税金で賄われます。

介護サービスが受けられるのは、原則として65歳以上の人(第1号被保険者)で(もちろん保険料も払います)、40~64歳の人(第2号被保険者)は保険料を払うだけで一部の例外を除いて介護サービスは受けられません。これは、制度発足当初からそうなっています。現在の介護保険は、2012~2014年度の第5期で、この3年間で第1号被保険者に課される基準保険料は、全国平均で月4,972円です。第2号被保険者もほぼ同水準の保険料が課されています。この保険料が、厚生労働省の予測では、2025年度には月約8,200円に増加する見通しです(出典:厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計の改定について(PDF)」)。

高齢化が進むにつれて、要介護者がさらに増えるので、介護保険料が上がってゆくのはやむを得ない面があります。しかし、2025年度には月に8,000円を超える介護保険料が課される(これに加えて医療の保険料や税の負担もある)となると、負担に耐えられないと感じる人も多いでしょう。保険料負担をできるだけ増やさないようにするには、大別して2つの方法しかありません。

1つは保険料以外の財源を確保すること、もう1つは介護サービスの給付を抑制することです。両者の中で妥当な方法をそれぞれ見出すことが、今後の介護保険における課題です。

一定以上所得者の利用者負担

前者の保険料以外の財源を確保するという点では、社会保障・税一体改革において、介護保険を含めた社会保障給付の拡充のために消費税増税の財源を充当することが挙げられます。この消費税の増税分の財源で、低所得者の保険料を軽減する措置などが講じられる予定です。しかし、税財源をさらに投入して保険料をもっと下げることにするには、財源が足りません。国の財政赤字は巨額に上っており、税財源をどしどし支出できる状況にはなく、むしろ税財源の投入(財政支出)を抑制して財政赤字を減らす必要があります。

そこで、一定以上所得者に対して利用者負担を1割から2割に引き上げる案が出てきました。現在、医療保険でも現役並み所得のある高齢者には、現役(69歳以下の人)と同じ3割の患者負担を求めています。それに対して、介護保険は、制度発足以来第1号被保険者全員が1割の利用者負担です。現役よりも多い所得を得ている高齢者には利用者負担を1割のままにしながら、主に保険料を払うだけの第2号被保険者には保険料をどんどん上げていくということでは、受益と負担の世代間格差を助長しかねません。

こうした観点もあり、今回の介護保険部会では、一定以上所得者に対して利用者負担を1割から2割に引き上げる方向性が了承されました。

第4期(2009~2011年度)に私も一委員として介護保険部会で議論したときは、消費税増税が確定的でなかった(給付を拡充する財源が不透明)こともあり、一定以上所得者の利用者負担を1割から2割にすることは、将来的に全体の利用者負担を2割にするための「アリの一穴」になるから反対という意見もあり、部会全体として2割にする方向性でまとめきれませんでした。しかし、今回は、消費税の増税分で給付充実を図ると示されたこと、2013年8月に出された社会保障制度改革国民会議報告書(PDF)でもこの考えが支持されたことで、介護保険部会では2割負担の方向でまとまりました(ただし、利用者負担を2割にする所得水準については意見が分かれました)。

補足給付での資産勘案

後者の介護サービスの給付を抑制するという点では、補足給付と軽度者への給付の見直しについて改善の方向性を示しました。

補足給付とは、低所得の要介護者が介護施設に入る時に払う利用者負担を軽減する仕組みです。確かに、やむを得ず介護施設に入居しなければならなくなったが、そこで生じる利用者負担を払いきれないという方がおられるので、その方々を経済的に支援すべく、介護保険制度の中で給付することが、補足給付の狙いです。しかし、低所得だが資産を多く持つ要介護者にも、補足給付が与えられているのが現状です。経済力があって補足給付を受けなくても介護施設で利用者負担が払える人なのに、給付を出して、その財源は介護保険に入る人の保険料や税で賄われるのでは、皆の財政負担が増えてしまいます。

そこで、今回の介護保険部会では、補足給付を受けようとする人には、申請時に、持っている金融資産や固定資産(土地、家屋など)の額を申告してもらうことにする方向性が了承されました。金融資産などを多く持っている人には補足給付が受けられないことにしようというものです。もちろん、資産額の申告は、当面、自己申告に委ねざるを得ず、虚偽申告に罰則を設けることで対処することにしています。しかし、2016年1月から利用が開始される社会保障・税番号制度(マイナンバー)を用いれば、低コストでかなり正確に資産を捕捉することができ、不正受給も防げるでしょう。

軽度者向け介護サービスの市町村の地域支援事業への移行

さらに、介護サービスについても、選択と集中を行うことで給付を適正化できます。重度者(要介護度が高い人)には必要な介護を怠るわけにはいきません。しかし、軽度者(症状が比較的軽い人。要支援者)向けの介護サービスは、掃除や配食や外出など生活支援が中心です。これら生活支援は、介護専門職でなくとも、ボランティアやNPO、民間企業など多様な主体が関われます。そこで、軽度者に対する訪問介護(ホームヘルプ)や通所介護(デイサービス)と生活支援は、国が画一的に行う現状から市町村が独自にできるようにする(市町村事業化)方向性が、介護保険部会の意見書に盛り込まれました。

市町村事業化に対しては、介護保険部会でも、市町村にその能力はなく、軽度者へのサービスを切り捨てることになるとの批判が出されました。しかし、2025年度を目途に地域包括ケアシステムの構築を目指している以上、市町村に能力がないと見下すべきではありません。今から地域特性を生かした取り組みを育んでこそ、その活路が開かれます。市町村事業化をテコに、市町村独自の取り組みを地域ぐるみで活発にしてゆくことが求められます。

介護保険部会では、2015年度からの第6期の介護保険を改善すべく、今年集中的に議論してきました。2015年度までには1年強ありますが、2015年度から始めるには2014年の通常国会でこれらの内容を含んだ介護保険法の改正を行っておく必要があります。そのために、厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会介護保険部会で議論をして、「介護保険制度の見直しに関する意見」を取りまとめたのです。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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