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社会保障費190兆円推計を読み解く

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」で示された社会保障給付費の推計

5月21日に開催された経済財政諮問会議で、「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」(PDFファイル)が公表された。その中で、2040年度には社会保障給付費が約190兆円になることが示された。代表的な推計結果は、冒頭の棒グラフにも表されている。

社会保障給付費とは

ここでいう社会保障給付費は、年金、医療、介護、子ども子育て、その他から成っている。年金、医療、介護は、社会保障給付の代表格だが、現役の育児世帯向けの子ども子育てに関する給付も含まれる。また、「その他」には、雇用保険や生活保護などが含まれる。また、この給付費には、税金で賄われたものだけでなく、社会保険料で賄われたものも含む。ただし、患者や介護利用者等の自己負担で賄われた分は、その金額には含まない。厳密な定義は、国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計」を参照されたい。

今回の推計結果は、足元2018年度で121.3兆円となる社会保障給付費が、団塊世代が皆75歳以上となる2025年度には約140兆円、団塊ジュニア世代が65歳以上となり高齢化のピークを迎える2040年度には約190兆円となることを明らかにした。社会保障給付費が、7年後の2025年度には今年度の約1.2倍、2040年度には今年度の約1.6倍となる。

ただ、そう言われても、2025年度までに今より高齢化がさらに進むから、今より社会保障給付が増えることは予想できるし、2040年度はかなり先の将来だから今より1.6倍も社会保障給付が増えるとしてもイメージが湧きにくい。今回の推計結果を読み解くには、少し工夫が必要だ。

2025年度の社会保障給付費の見通し

そこで、まず2025年度の社会保障給付がどうなっているかを見てみよう。その評価に際して、助けとなる資料を挙げよう。それは、厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計の改定について」(平成24年3月)である。この2012年3月の将来推計は、今回の推計と同様の方法で、2025年度までの社会保障給付費の推計を行ったものである。単純には比較できないものの、その差異を理解した上で比較すると、推計の含意が見えてくる。

今回(2018年5月推計)の結果と、2012年3月の結果を並べてみたものが、次の表「社会保障給付費の見通し」である。

表 社会保障給付費の見通し
表 社会保障給付費の見通し

今回の推計では、2018年度、2025年度、2040年度の社会保障給付費の金額を公表した(表では、医療の単価の伸びを賃金上昇率と物価上昇率の平均+0.7%と仮定した推計を採用)。2012年3月の推計では、2012年度、2015年度、2020年度、2025年度の社会保障給付費の金額を公表した(表では2020年度の金額は割愛)。

上の表に基づき、2025年度の社会保障給付費を比較すると、2012年3月推計では148.9兆円だが、今回の推計では140.2兆円と、9兆円弱も少ないと見込まれている。しかも、子ども子育てでは、2012年3月推計では5.6兆円なのが、今回の推計では10.0兆円と4.4兆円も増やすことを織り込んだ上での差異である。

子ども子育ては、2012年度以降に、待機児童解消に関連した支出を増やした上に、2017年10月の衆議院総選挙時の与党の公約で、消費税率を10%にするときに借金返済でなく子ども子育て支援に使途変更することにしたのを受けて、2019年度以降給付費を増やすことになる。それらが、今回の推計には反映されている(厳密には、2017年12月に閣議決定された「新しい経済政策パッケージ」を今回の推計では織り込んでいる)。

子ども子育てで4.4兆円増やしても、2025年度の社会保障給付費は9兆円弱も少なくて済むとの見通しだ。高齢化は進むけれども、2025年度の社会保障給付費はかつての見通しより少なくて済む。給付を抑制できれば、その恩恵は、我々国民が税や保険料の形で負う負担がより軽くなるという形で及ぶ。

社会保障の負担が軽減できたワケ

ではなぜ、そんなに社会保障のための負担を少なくできるのか。それは、2012年3月推計以降、つまり2012~2018年度に決めた社会保障改革のお蔭である。給付を重点化・効率化する社会保障改革に着手できたので、必要な給付を残しつつ過剰な給付を抑制する見通しが立ち、それが国民に負担軽減という恩恵をもたらした。

例えば、今回の推計で示された金額で言えば、2025年度における国民健康保険の医療にかかる保険料は月8200円(2018年度賃金換算)となると見込まれる。同じ保険料について、2012年3月推計では月9300円程度(2012年度賃金換算)だった。極めて大まかにいえば、この金額の比較だけでも、2012年3月に見込まれていたより今回の推計では負担が減っていることがわかる。

より厳密にいうと、比較する賃金の年度を同じにしないといけないから、2012年3月推計で見込まれた賃金上昇率を踏まえて2018年度賃金換算に直すと、2012年3月推計での2025年度の同保険料は月10420円程度となる。

同様に、2025年度における65歳以上の介護保険料は、今回の推計では月6900円(2018年度賃金換算)となる見込みだが、2012年3月推計では月8200円程度(2012年度賃金換算)でこれを2018年度賃金換算に直すと9190円程度となる。それだけ、月々に負担する介護保険料も少なくて済む見通しが示された。

社会保障改革が負担軽減に貢献

負担を軽減できるようにするには、給付を抑制できる見通しが立たないといけない。しかも、必要な医療や介護が施せなくなるような給付抑制では意味がない。

社会保障給付費、特に医療と介護の給付についての将来推計は、年齢階級別の1人当たり医療費や介護費が今と基本的に変わらないと仮定して見通しを示している。その推計方法を踏まえると、必要な医療や介護を施すことが通常できないという状態には今はないから、推計上では今施せている医療や介護は今後も施せることを前提に計算結果を示している。もちろん、基本となる推計に、物価や賃金の変動を踏まえた報酬単価の変動や、改革効果を加味して、前掲のような推計結果を出している。

では、こうした負担軽減に貢献する給付の抑制は、どのように見込まれているか。

上の表によると、2025年度において医療の給付は6.6兆円少なくて済む見通しとなっている。これが、最も大きな影響額である。どうしてそれだけの効果が出るのか。

まず、推計の前提として、2012~2018年度までの物価上昇率や賃金上昇率が、2012年3月推計で見込んでいたよりおしなべて低かったことが影響している。推計では、診療報酬の単価の上昇を織り込んでおり、物価上昇率や賃金上昇率が高いと、診療報酬も高めに上昇するという計算方法となっている。物価上昇率や賃金上昇率の実績値が、2012年3月推計で見込んだより低かったので、給付もそれだけ少なくて済む分がある。そうした影響は、医療だけでなく、介護報酬の単価の推計や年金給付(物価スライド等の影響)にも、推計上は反映されている。

それよりもまして、2012~2018年度に決めた医療制度改革の影響が、今回の推計には色濃く反映している。2012年3月推計以降、薬価制度の抜本改革、地域医療構想、第3期医療費適正化計画などが決められて、一部は既に着手されている。これらの取組みが医療給付の重点化・効率化に寄与して、今回の推計では、2012年3月推計で予測していたほどには2025年度の医療費は増えないという見込みとなったと考えられる。

例えば、地域医療構想では、2025年度の各地域での医療需要を予測した上で、入院の際のベッド(病床)を機能別に過不足なく配置できるようにする取組みが進められており、そうすることで過剰なベッドが元となって生じる過剰な入院医療費を抑制できたりする。もちろん、入院が必要な患者を追い出すわけではない。地域医療構想についての詳細は、拙稿「『西高東低』を2025年度までに縮小!…これは医療の話」を参照されたい。

また、入院医療だけでなく、外来医療でも、地域によって極端に割高な医療費が生じている部分を是正することでも、医療費を適切に抑制できる。より少ない1人当たり医療費で治療できている地域があるなら、極端に割高な医療費がかかる地域もそれに倣えば、医療費を適切に抑制できる。こうした「地域差の縮減」にも今後取組むことが、医療費適正化計画などに盛り込まれている。さらには、高額の医薬品を適切に値下げできるようにする改革も行われた。

介護における2025年度の給付費は、上の表によると、2012年3月推計では19.8兆円と見込まれていたものが、今回の推計では15.3兆円となり4.5兆円少なくて済むという。

介護では、介護職員の処遇改善のために介護報酬を増額しつつも、要介護度が低い軽度者に対する介護サービスを選りすぐったり、施設から在宅へと誘導したり、長期療養する高齢者の医療を介護保険で手当てする医療機関の見直しを図ったりした効果が、今回の推計には反映しているものと思われる。

こうした近年における社会保障改革のお蔭で、子ども子育てで4.4兆円増えた分を上回って9兆円弱も、2025年度の社会保障負担を少なくできる見通しとなった。さらなる高齢化が不可避とはいえ、国民の負担には限界がある。国民が社会保障のために負う負担をできるだけ抑えるには、早い時期の社会保障改革が功を奏する。今回の推計を読み解くと、そうした重要な示唆が得られる。政治家が躊躇して、社会保障改革を先送りすればするほど、将来の社会保障負担は軽くできなくなってしまうのだ。

2040年度の社会保障

ただ、2040年度までを見通すと、社会保障給付費は今よりも確実に増える。その分は、当然ながら財源を確保しなければならない。負担増は改革によって軽くできても、すべてを回避することはできない。給付のための財源は、基本的に税か保険料しかない(自己負担はそもそも給付の財源ではない)。

今回の推計では、社会保障のための税負担(公費負担)は、給付増に対応する分だけでも、2040年度までに対GDP比で約2%増やさなければならない見通しとなっている。すべて消費税で賄うと仮定すれば、税率は4%ほど引き上げなければならない算段である。しかも、今の社会保障給付は多くを赤字国債で賄っていることを踏まえると、現実的にはいずれ消費税率は15%超にしないとわが国の社会保障制度は持続できない。

早期の社会保障改革で負担増をできるだけ少なくしつつも、必要な負担増から目を背けてはならない。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

慶大教授・土居ゼミ「税・社会保障の今さら聞けない基礎知識」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月2回程度(不定期)

日常生活で何かと関わりが深い税金の話や、医療、介護、年金などの社会保障の話は、仕組みが複雑な割に、誰に聞けばよいかわからないことがままあります。でも、知っていないと損をするような情報もたくさん。そこで本連載では、ニュース等の話題をきっかけに、税や社会保障について、その仕組みの経緯や込められた真意、政策決定の舞台裏を、新聞や公式見解では明らかにされない点も含め、平易に解説していきます。

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