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年金の検証結果、参院選前に出しても後に出してもケチが付く皮肉

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
今年は5年に1度の年金の財政検証の年。検証結果は、厚生労働省年金局が発表する(写真:西村尚己/アフロ)

老後の生活を支える年金。年金は、「100年安心」といえるのか。

それを検証するのが、年金の財政検証である。5年に1度実施されることが決まっており、今年がその年になっている。政府は、年央に公表するとしている。今年7月には、参議院選挙が予定されている関係で、その年央とは、参議院選挙前なのか後なのかが、関係者の間では関心の的となっている。

そもそも、年金でいわゆる「100年安心」とかといわれる。これは、将来にわたって安定して所得代替率が50%を維持できるような給付が出せて、かつ100年後でも年金積立金は枯渇しない状況といえよう。所得代替率とは、受給開始時の年金額がその時点の現役世代の所得に対してどの程度の割合かを示す。

年金の財政状況を、今後100年間にわたり試算して、上記の意味で「100年安心」か否かを検証するのが、年金の財政検証の1つの目的である。

検証結果で、年金が「100年安心」であることが示せれば、大きな制度改正をしなくても年金給付は維持できる、と判断される。

検証結果は、今後100年間にわたり経済成長率や年金積立金の運用利回りなどの経済前提を置かないと試算できない。その経済前提は、厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会年金部会の3月13日に開かれた会合で、公表され了承されている。高めの経済成長率が3ケース、低めの経済成長率が3ケースの計6ケースと決まった。

後は、検証結果の公表を待つばかり。年央には公表されるというが、それが参議院選挙前なのか後なのか。

過去2回の財政検証は、2009年2月と2014年6月に公表されている。前例踏襲で行けば、6月までには公表される(否、公表できる)。

7月に予定されている参議院選挙前に公表しないと、過去2回は6月までに公表しているのに、公表できない何か都合の悪い理由でもあるのか、と疑心暗鬼が渦巻く。公表できないのは、「100年安心」でない検証結果が出たからではないか、とかと野党が批判するかもしれない。

すると、検証結果は、参議院選挙前に公表せざるを得ないか。

ことはどうやらそう単純ではないらしい。前述のように、検証に用いる経済前提には、高めの経済成長率を置いたケースが用意されている。その経済前提に関して振り返ると、5年前の2014年検証において、高めの経済成長率のケースでは、上記の意味で「100年安心」という結果が出ている。類推すれば、今年の財政検証でも、高めの経済成長率のケースでは「100年安心」という結果が出てきても全く不思議でない。

これを踏まえると、参議院選挙前に検証結果を公表すると、高めの経済成長率のケースでは「100年安心」という結果が示されるだろう。

政府・与党にとって、参議院選挙前に公表して、年金は「100年安心」という結果が示されれば、選挙前に国民を安心させられてよい、と思われる。しかし、野党からは、政権は選挙前に都合の良い結果を公表した、とこれまた批判してくるかもしれない。

つまり、参議院選挙前に公表しないと、財政検証の結果は都合が悪い結果になっているのを隠しているのではないかと批判され、選挙前に公表すると、都合の良い結果が出たから公表したのではないかと批判される。

加えて、今年の検証で、低めの経済成長率のケースでは、上記の意味で「100年安心」でない(100年経たずに年金積立金が払底する)結果が出たとしても、公表すればその結果は白日の下にさらされる。選挙前に出せば、その結果の解釈をめぐって議論が巻き起こる。それが、政権にとって吉と出るか凶と出るかは予断を許さない。

こうした事情から、令和最初となる今年の財政検証の結果をいつ出すか、今だに明らかにされていないようだ。

年金は国民の関心事の1つだから、気を遣うのはわかる。しかし、検証結果の公表時期が政局に左右されるのはいかがなものか。客観的に検証しているわけだから、検証結果がまとまれば、選挙の時期に関係なく、すみやかに国民に公表する。そうすることで、年金制度の信頼を維持するのに少しでも貢献できるだろう。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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