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経済成長率の下方修正が意味するもの

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
政府の中長期試算(図の原資料)では、経済成長率の見通しを下方修正(図は筆者作成)

政府は、7月31日に「中長期の経済財政に関する試算」(以下、中長期試算)を公表した。

「中長期試算」は、経済財政諮問会議の審議のための参考として、経済・財政・社会保障を一体的にモデル化した計量モデルを基礎にして内閣府が作成したものである。政権が講じた経済財政政策の結果、今後10年間にわたって日本経済の成長率や金利や物価や財政収支などがどうなるかを試算するものといえる。

「中長期試算」は、毎年1月頃と7月頃に公表される。1月頃は内閣が来年度予算案を国会に提出した直後であり、7月頃は各省が来年度予算の概算要求を出す前に予算編成方針を示すタイミングである。

今回の7月試算には、前回の今年1月試算では織り込まれていなかった2018年度の経済成長率の実績値と、今年央に改訂した政府の経済見通しが反映されている。特に、今年に入って激化している米中貿易摩擦の影響で世界経済の成長率が鈍化する見通しが出てきており、今年度以降の日本経済の成長率も低下する可能性が出てきたことを踏まえている。

その結果、名目成長率(成長実現ケース)は、冒頭のグラフが示すように、1月試算で、2018年度に0.9%、2019年度に2.4%、2020年度に2.9%、2021年度に2.8%、2022年度に3.0%と見込んでいたものが、今回の7月試算では、2018年度に0.5%、2019年度に1.7%、2020年度に2.0%、2021年度に2.0%、2022年度に2.7%と見込まれ、下方修正された。

2018年度の成長率の下方修正は、内需が堅調だった半面、外需に弱さが見られたという実績値を反映したものだ。2019年度以降は、今年央に改訂した経済見通しが反映されている。2019年10月の消費増税に伴う影響は、1月試算でも7月試算でも織り込み済みで、この成長率の下方修正には関係がない。

この経済成長率見通しの下方修正は、何を意味するか。

それは、「中長期試算」を公表する目的と関係がある。1つの目的は、政府が閣議決定している財政健全化目標、つまり2025年度の基礎的財政収支黒字化が達成できるか否かを確認することである。基礎的財政収支とは、今年度の政策的経費の財源が今年度の税収等で賄えるかを示す指標で、それが黒字になるということは、政策的経費の財源が公債増発に頼ることなく税収等で賄えている状態を意味する。

結論から言えば、この経済成長率見通しの下方修正によって、2025年度の基礎的財政収支黒字化の達成は遠のく見通しとなった。

それはなぜか。経済成長率が鈍化すれば、税の自然増収(増税せずとも増える税収)が減るからである。

2025年度の国と地方を合わせた基礎的財政収支(成長実現ケース)は、1月試算では1.1兆円の赤字だったが、7月試算では2.3兆円の赤字と、1.2兆円赤字が拡大する試算結果となった。さらにいえば、基礎的財政収支の黒字化時期は、1月試算では2026年度という結果だったが、7月試算では2027年度に後ろ倒しとなる見通しが示された。

この半年で、基礎的財政収支の赤字が1.2兆円も拡大するという見通しの修正は、何が要因なのか。

2025年度における国と地方の税収等を単純合計すると、1月試算では136.8兆円だったが、7月試算では133.1兆円となり、3.7兆円も下方修正された。「中長期試算」では、2019年10月の消費増税以降に新たな増税は行わないと仮定して結果を示しているから、この税収の下方修正は、前述のように、名目経済成長率の下方修正に伴う税の自然増収の減少を意味している。

基礎的財政収支赤字の悪化1.2兆円のうち、税の自然増収の減少が3.7兆円であるわけだから、残りは歳出側の要因である。その差額(2.5兆円)から逆算すれば、2.5兆円歳出が減る(厳密にいえば増え方が抑えられる)ことで、基礎的財政収支の悪化は1.2兆円にとどまったということができる。

名目成長率の下方修正の影響は、歳出増が抑えられる形でも効いている。なぜなら、名目成長率の低下と表裏一体となって、賃金上昇率が低下しているとなれば、それと連動して決まる年金給付の伸びが抑えられたり、医療や介護の報酬(給付)の伸びが抑えられたり、公共事業の人件費の伸びが抑えられたりするからである。

結局、2025年度の国と地方を合わせた基礎的財政収支赤字の悪化1.2兆円の要因は、税の自然増収の減少が3.7兆円、歳出の伸びの鈍化が2.5兆円だったと推論できる。税の自然増収の減少の方が、要因としては大きかったといえる。

これが、「中長期試算」における経済成長率の下方修正が意味するものである。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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