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消費増税は、容易にできるものではない

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
菅義偉官房長官の消費税に関する発言が注目されている。その意味するものは何か。(写真:ロイター/アフロ)

消費減税が取り沙汰される中で、菅義偉官房長官が9月10日、テレビ番組で、消費税について「将来的には引き上げざるを得ない」との認識を示した。

菅氏 消費税「将来は引き上げ必要」(Yahoo!ニュース)

菅官房長官は、加えて、9月11日の定例記者会見で、消費増税に関し「安倍晋三首相はかつて、今後10年くらいは上げる必要はないと発言した。私の考えも同じだ」と述べた。

菅官房長官、消費増税発言は「10年くらい先のこと」(Yahoo!ニュース)

消費税率を10%にしたまま、わが国で2020年代や2030年代の社会保障費の財源を安定的に賄える状況にはない。とはいえ、直ちに消費税率を引き上げられるような環境整備は、まだ全くできていない。

今は、経済状況はもとより、もし増税したらその財源を何に使うのか、その使途も何も決めていないのになぜ増税が必要なのかを説得的に説明できない状態である。

だから、「消費税率の引上げが必要」といったところで、すぐさま消費税の増税ができるわけではない。

消費税が税率3%で導入された1989年度以降、3%から5%に上げるのに8年、5%から8%に上げるのに17年、8%から10%に上げるのに5年半かかっている。

だから、「将来的には引き上げざるを得ない」という意味は、近いうちに増税というよりも、もっと別の意味があるとみるべきだろう。

2001年から2006年までの小泉純一郎内閣では、拙著『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)に詳述されているように、「私の政権では消費税率を上げない」と小泉首相が明言しつつも、行政改革を積極的に進めたし、消費増税の必要性について議論することを容認した。

また、小泉内閣最後となる「骨太方針2006」に盛り込まれた歳出・歳入一体改革では、将来の消費増税を避けたいなら、歳出改革を最大限実行する必要があるとして、消費増税をちらつかせながら歳出改革を促した。

安倍晋三内閣ではどうだったか。消費税率を10%に上げられていない段階で、その先のことを考えることなどもってのほか、という雰囲気が霞が関を支配していた。消費税率を10%に上げた後について、議論することさえ封印されていた。

それによって、何が起きたか。

2020年代に求められる社会保障改革について、踏み込んだ議論や利害調整がほとんど進まなかった。

この議論の停滞は、わが国の社会保障にとって手痛いものである。わが国の社会保障制度は不備が残されており、人口減少と高齢化がさらに進む2020年代において、社会保障費の増大は確実だがその財源の確保はできておらず、制度の持続可能性が危ぶまれる。

そうした状況の中、菅官房長官が、9月10日のテレビ番組で、消費税について「将来的には引き上げざるを得ない」との認識を示すとともに、9月11日の記者会見で、消費増税が「10年ぐらい先」との認識を示した。

これらを合わせると、消費増税は10年先にしか行えない、ということなのか。そうではない。

わが国の歴代内閣の連続在任日数は、最長となった安倍内閣でさえ、7年8ヶ月である。わが国で10年も続く内閣は考えにくい。そうみれば、消費増税が「10年ぐらい先」との認識は、消費税率を10年間上げない、とコミットしたわけではない。もし菅内閣が発足すれば、菅内閣の間は消費税率を上げない、との認識を示すまでといえるだろう。その次の内閣まで、消費税について手足を縛ることはできない。

消費税率を直ちに上げないとしても、税財源の確保を意識しつつ議論すべき政策課題は山ほどある。

社会保障改革は、安倍内閣で実行したり今後実施することを決定したりしたものだけでは、明らかに不十分である。医療・介護・年金などには、現行制度に(うまくいっている面はあれども)ほころびがあり、それをきちんと改めるには、弥縫策では太刀打ちできず、利害調整をしつつ議論を進めなければならない。

その改革議論には、税財源問題が必ず付きまとう。だから、将来的な消費増税が見込めなければ、深く立ち入った議論はできない。国債増発で賄って社会保障給付の充実を図ろうという議論は、政府部内では受け付けられないのだ。

安倍内閣の下で、消費税率を10%に引き上げるまではその先の議論ができないとして、次なる改革の本格的な論議は事実上立ち往生していた。その状態を打開する意味でも、「将来的には引き上げざるを得ない」との認識は、極めて重要な意味を持つ。

直ちに消費増税をしないとしても、将来の増税を念頭に、今後求められる社会保障改革によって必要な税財源はいくらになるかについて踏み込んだ議論が許されることになろう。もしそうならなければ、わが国の社会保障制度には不備が残されて、やがて持続不可能になる。

社会保障財源を消費税に頼らないという考え方もあろう。しかし、税率1%の税収で約2.5兆円になる消費税に代わる別の税財源を見つけるのは容易ではない。所得税で2.5兆円もの税収を得ようとする増税を行うなら、年収500万円以上の納税者に増税となるような税制改正を行わなければならない。法人税を増税すれば、日本企業が海外に拠点を移し、日本での雇用が失われる。相続税は、消費税率1%分の税収にも満たない税収しか上がっていないのが現状である。

行政改革は必要だし、デジタル化によってそれなりに経費削減ができるだろう。ただ、今後増大する社会保障費に必要な追加財源は、それより桁違いに大きい。

消費増税は、今後10年ぐらいは必要ないといえども、将来の引上げはやむを得ないとの認識を示すことで、直ちに増税しないとしても、今後求められる社会保障改革についての議論を本格化できる契機になる。それは、新政権が取り組む政策課題として、重要なものである。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

慶大教授・土居ゼミ「税・社会保障の今さら聞けない基礎知識」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月2回程度(不定期)

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